「地球史から見た天皇の誕生」第二回。 ダビデ~始皇帝~(漢・魏・晋)~八幡~ウマヤド~太一。

 

  明日は、2000年以上前に作られた、本物のヒスイの勾玉を、お見せするつもりです。

 糸魚川のヒスイは、6000年前から、列島全体で普及し、稲作が始まったBC1000ごろにいろんな形状がありましたが、BC300年ごろからシンプルな胎児の形状にまとめられます。

 始皇帝が大陸を統一するときから、列島に金属器では、まず青銅器が入りますが、これは、キラキラ輝く祭祀の道具でした。軍事的な殺傷の意思が、まだ、列島に入らなかったのです。

 それが、武帝の時代になって、変わります。それに反発する形で、列島に原始王権「ニギハヤヒ」が誕生します。

 そのあと、王莽が前漢を簒奪し、通貨「貨泉」を量産し、これを日本にも普及させようとしましたが、これに大抵抗したのが、鳥取にいた縄文ヌナカワ系の巫女でした。その巫女は、鉄器で頭部を切り付けられ、腰の骨も砕かれていました。下図は、青谷上寺地遺跡から出土した女性の頭蓋骨です。白い矢印の部分に注目してください。そして驚くことに、2000年前のこの女性の脳梁は、発掘時、まったく腐乱していなかったのです。

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 これ以後、銅鐸の中心地である淡路島で、鉄の鍛冶工房が築かれ、3世紀前半まで続きました。

 大陸に近い九州に、銅鏡 が広がるのに対抗して、 関西・中部では、銅鐸が広がったのです。

 漢文のわかる卑弥呼は、三国志の英雄の一人、諸葛孔明の死後の、238年(景初2年)6月に帯方郡に使者を出します。その使者は洛陽にいる魏の明帝、曹叡(曹操の孫)に謁見し、何らかの許しを得ているのです。

 問題は、このとき、遼東半島では、遼東太守だった公孫淵が、司馬懿に追い込まれていたことです。

 前回は、ここまで話しましたが、 今回は、そのあとです。

 そして、ここからが、記紀でいう、第十代崇神、ハツクニシラスの話になります。

 イザナギ・イザナミとは、なにものか?     「国産み」、「国譲り」とは?

 そのあとに、第11代の垂仁のときに、ツヌガアラシトと タジマモリ。

 12代の景行のときから、「ヤマトタケル」が出てきたが、これは、最初、九州の熊襲猛が持っていた名前でした。なぜ、熊襲が先に「ヤマトタケル」だのか? さらに、「ヤマトタケル」は、なぜ、シナノに入って「山神」の白鹿に殺されそうになり、伊吹山では牛ほどもある大イノシシの「山神」の毒に中ったのか?  

 そして、今回のメインですが、このあとに登場する、第15代の応神ホンダワケです。

 後継者に指定された末子のウジノワキは、なぜ自害したのか?譲られた兄のオオサザキとは何者か? 

 羽曳野にある誉田丸山陵(応神)と、堺にある大山陵(仁徳)。 なぜ、いきなり巨大古墳ができたのか?

 しかし、5世紀の日本列島は甲冑時代と呼ばれる戦乱が続きます。それは、何が原因だったのか?

 熊本から埼玉まで征服したワカタケル(雄略)は、なぜ、大陸南朝の皇帝に、上奏文を出したのか?

 一方、4~5世紀は、大陸の西方では、イエスの「三位一体」が決まった後、ラテン語聖書「ウルガタ」が編集され、さらに、マリアの神性を否定するネストリウスの教え(景教)がペルシャに入り込みます。

 中国大陸と日本列島に、どのようにして仏教が入ったのか?また、その仏教とキリスト教徒の関係は? 

 オオド(継体)が即位すると、列島の甲冑時代が終わり、息子のヒロニワ(欽明)の代には、百済から、仏像が届けられます。そのヒロニワの時代に、三輪山の神官・大神氏によって、「ホンダワケの時代に、八幡神が宇佐についた」と認識されたのです。

 ヒロニワの晩年には、「高麗の使い」が越(こし)に訪れます。ヒロニワは新羅に使者を出しますが、帰国を待たずに崩御します。

 息子のヌナクラタマシキ(敏達)が即位すると、別の「高麗の使い」が難解な書状を持って来日します。聖徳太子とされるウマヤドが生まれるのが、この翌年で、そのウマヤドの誕生をもって、古事記は終わっています。

 ウマヤドのゆかりの場所が、奈良の斑鳩以外に、赤穂の坂越に、太子町。そして、もう一つ、関東には、板倉の雷電神社。四国の松山にもありますね。

 ウマヤドの支援者は、秦河勝に、蘇我馬子。 馬子には、姉に、堅塩媛がいた。

 継体が502年に即位したあとは、糸魚川のヒスイは、奈良の曽我川のほとりの曽我遺跡で勾玉に加工されていました。

 蘇我氏とは何か? なぜ、勾玉を独占できたのか?

 新撰姓氏録に、「難波連は、高句麗広開土王の裔」とあることの意味は。

ウマヤドを助けた秦河勝は弓月国の功満王・融通王の子孫ですが、同書には、「弓月は、二世皇帝胡亥の子孫」と書かれています。

 6世紀後半から新羅では金属製の半跏思惟像が多く作られたが、日本で最初のもの(広隆寺の国宝)は木製で、「三位一体」の指組をしていた。

 ローマ帝国は、「三位一体」のイエスを325年にニケーア会議で決め、それ以外は異端になったが、431年に、マリアの神性を否定して分派した景教は、ペーローズのときに、ペルシャ領内での公認キリスト教になった。そのもっとも熱心なペルシャ王は、ジャーマースプで、彼の治世のときに、499年、『バビロニア・タルムード』が編纂された。

 ダビデ ~ 始皇帝 ~ イエス の正統性とは何か? この流れと、日本の天皇はどう関係するのか?

 アレクサンダーを覚醒・変容させた釈迦牟尼の教えは、北インド(ガンダーラ)に入ったギリシャ人と出会い、心の中で湧き上がるブッダの響きをイメージにして、彫刻で具象化させた。

 火焔型土器や、多くの土偶、華やかな装飾品を作り出した縄文人の感性に、さらに、「音を出す銅鐸」から「見せる銅鐸」を作り出した古代出雲の誇り、そこに、ブッダの悟りや、声明、仏像、が出会ったときに、何が生まれたのか?

 その中で、原初の「ニギハヤヒ(オオキミ)」が、大陸の皇帝をもしのぐ、聖なる存在と自負する「スメラミコト」に、どのようにして、変わっていっていったのか?

 不比等は、689年に、草壁皇子が急死したあとに持統の判官になったが、文武天皇の誕生後、大宝律令を完成させ、武則天に国名「日本」を認めさせた。そして、古事記を完成させたあと、何を読み、何を確認して、日本書紀に、「三種の神器」と書き、しかも、その筆頭に、八坂瓊曲玉 と記したのか?

 壮大な、神と人間の物語になります。  



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