講演会のお知らせ

開催日:3月21日(月祝):
場所: 東京都文京区湯島3-35-9  湯島白川ビル3階
時間: 14時~17時(終了後の懇親会は中止とさせて頂きます)
(注)「開場:受付開始」は13時30分です。
参加費: 3500円 (瓊音倶楽部会員は2500円)


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ヤマトと倭人と日本人、そして「万世一系」。

 こんにちは。 前回は、 中国人とシナ人を、勉強しました。
で、 今日は、 私たち、日本人のことです。 
1) 日本と日本人。
 日本人とは、何か?
 みなさん、どのように、定義します?
 日本国籍を有するもの。 これが日本の法律上では、そうなります。
 日本語も話せず、日本文化も知らず、日本的な感性がなくても、
 統治体である、日本国の国籍さえあれば、 日本人です。
私が、もっと限定した、別の意味で、<日本人>を考えていることは、
皆さん、すでに、感じられておられることでしょう。
 さて、この5年間、ずっと古代史をやってきて、いろいろ見えてきました。
 で、まず、近いところの話から始めましょう。
 今の天皇は、「象徴さん」ですが、その前のことからです。
2) 「万世一系」 と 「天皇」
 皇室典範改正 騒ぎ が4年前にありました。
 
 そのとき、日本の天皇家は、男系男子の「万世一系」なり、 と、
 国学院や神社界の人が、声高に主張していましたが、
 この「万世一系」というのは、実は、明治になってできた概念でした。
 だいたい、明治天皇になって、初めて、天皇は伊勢神宮を参拝したのです。
 「万世一系」は、神武天皇の即位を、BC660と設定した のと、
 同じときに、創られたものです。
 
 創ったのは伊藤博文ですが、伊藤は、「日本人」という概念も政治的に創りました。
 とにかく、日本列島にいる人間は、すべからく、皇祖神アマテラスを信仰すべきで、
 「すべての日本国民は、天皇の赤子(子供)」 というものでした。
 それが、<皇民> でした。 市民でも、国民でも、ありませんでした。 
 そのときに、できた天皇(の概念) とは、
     実在神アマテラスの肉体を引き継いだ、直系子孫で、
     天皇霊アマテラス を受肉化した、 神 そのもの  でした。
 これは、 AD325年に、コンスタンツ公会議で、決めた、
  
    イエスは人間として実在した人で、
    しかも、キリスト霊 を受肉化した、 神 そのもの。
 
  と、まったく同じ発想、同じロジックです。
両者の間には、1500年以上の開きがありますが、
ここで、はっきり言ってしまいましょう。
 カトリックの「三位一体」を、作り出した人と、
 明治の、 アラヒトカミ を、作り出した人は、
 同じ系統の人間です。 
 日本列島に新たにできた国家の経営資源を、一元管理し、 
 その新生日本国 を、大英帝国が進めるグレートゲームに、 
 都合よく、使いまわすために、助言したのです。
 それが、戦後は、天皇が人間宣言し、アメリカ帝国の属国に、
 日本はなっていったのです。
 
 現代に至るも、右翼勢力の人たちが、「万世一系」にこだわりますが、
 それは、明治にできた、列島支配のための政治的意図に 基づいているのです。
 逆に、天皇家や宮内庁に、カトリック信者が多いのは、
 「むべなるかな」といったところです。
3) 「アマテラス」 と 「倭国」
 で、次に。
 「日本人」という概念が、生まれたのは、持統 のときです。
 持統の夫の、天武(大海人皇子)は、 最初に、「天皇」を名乗っていますが、
 これは、唐の高宗に、則天武后が、674年に名乗らせたものを、対抗して
 使っています。
 このあと、高宗は、ほとんど眼が見えなくなり、683年に死去し、則天武后が、
 唐を乗っ取り、 690年に、国名を「周」にしました。
 この年に、持統は、 伊勢神宮を、整備しています。
 このとき、アマテラスが、創られたのです。
 天武が、奉ったのは、アマテラスではなく、 道教の最高神「太一」でした。
 持統は、 アマテラスを作ったあと、国内整備にかかります。
 持統は、 孫の文武に、譲った後、 701年に、大宝律令ができたので、
 これで、中華の皇帝から、まともに相手してもらえると、
 翌702年、粟田真人を、武則天のもとに派遣し、
 国名を、「倭」から、「日本」に変える了解を得ました。 
 これで、安心して、持統は、翌年になくなりました。
 不比等が、記紀をまとめるのは、この「日本国」になってからあとです。
 ただし、古事記ができたとき(712)に、中国は、唐(玄宗)に戻っています。
 古事記は、推古までしか書かず、 不比等は、アマテラスを作り出した
 持統までの物語を、改めて書き上げます。 それが日本書紀ですが、
 これができた年(720)、 不比等は、なくなりました。
 
 では、その前の「倭人」とか、「倭国」は、いつから始まったのでしょうか?
 卑弥呼の3世紀前半には、すでに、倭人の国 ができています。
 卑弥呼は、 当時の中華帝国の魏に、冊封 されることを望んだのです。
 福岡県志賀島の金印「漢倭奴国王」は、
 後漢の光武帝がAD56年に、泰山で「封禅の儀」をした翌年に、
 北九州にいた、倭人で、奴国の王が、朝貢したものです。
 このとき、 倭人 と  奴国 は、どんな関係でしょう。
 私の理解では、倭人とは、長江流域にいた、稲作民の倭族のことです。
 BC1027の殷周革命以後、多くの稲作民が、
 日本列島と、朝鮮半島南部に 漂着しました。
 この稲作民と、縄文人が、溶け合ったのが、長野県北部です。
 栗林遺跡の、栗林型土器 が、見事に、示しています。
 大体BC500~BC100 の話です。
 
 私は、 きわめて、乱暴な言い方をすれば、
 倭とは、稲作民。 そして、 奴国の、「奴」とは、縄文人、 と考えます。
 この両者の橋渡しをしたのが、 海洋民=海人です。 
 この三者(倭、奴、海人)が、融合するときには、ほとんど、争いがありません。 
 自然観も、一致していたのでしょう。
 その中で、 棲み分けと、通婚が進んだ、と考えられます。
4) 「YAMATO」とは? 
 さて、こう整理したうえで、いつ、 ヤマト YAMATO が、この国に
 入ったのか?
 そもそも、YAMATO とは、 一体、何なのか?
 先の大戦で、沖縄に最後の出撃をした戦艦が、 「大和」=YAMATO でした。
 現在では、大和 と書かれると、奈良県をさす言葉、と多くの人が考えますが、
 ヤマト には、 倭、 大和、 日本、 山門 などがあります。
 明らかに、日本列島には、先に、音のヤマトが入っていて、
 そのあとに、漢字が当てられているのは、間違いありません。
 つまり、「ヤマト」は、中華の漢字文化の概念には、なかったものです。
 しかも、 ヤマトは、最初に日本列島に入ってから、 
 7世紀に、持統によってアマテラスができるときまで、
 ずっと、 この島国では、最重要ワードとして、残っています。
 日本書紀の完成者の不比等は、そこに、「日本」の漢字を当てました。 
 「YAMATO」 とは、 一体、何か? その起源は? 
 私なりに、答えはありますが、 ここでは、書かない。
 ちなみに、 九州の福岡県柳川市 と、 私の住む長野県の中野市に、
 ヤマトの地名があります。
 この言葉も、日本史の真実を知る、キーワードです。

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この記事を書いた人

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。