安倍晋三が選んだNHK経営委員の長谷川三千子氏。
「天皇陛下のために国民が命をささげるのが日本の国体」 (動画13分50秒付近)
http://www.youtube.com/watch?v=y1pdZpbpAmo&feature=youtu.be&t=13m49s
これに対し、 若手の社会思想家 白井聡氏 の 「永続敗戦論」
http://news.guideme.jp/kiji/726f325b90892b97cc74c766edf691b6
天皇の存在を、日本国民の感情を単一化させる統治システム と、その機能を捉えると、いろいろ見えてくる。
天皇は、現在の日本では、世俗の権力を裏付ける権威となっているが、
この権威の実像を検証できない人が、進んで、天皇のために、死ね、とか、死のう、という。
天皇の権威の中に、根源的紐帯・全一感を踏まえた、自己の内発的創造性 と通じるものを理解する人間は、
絶対に、他者に対し、死ね、とは言わない。 そして、自分の世界を創り出す。
創造の前には、必ず、想像があります。
そして、その想像を、より、明確化し、自覚し、行動を促すには、
言葉による、認識が必要です。
私には、天皇のために死ね、という人間は、 自らの人間としての可能性を拒否する、
極めて、未熟な思考の人間としか思えません。
私だったら、 天皇のために、最高の自分を生きよ、そして、自分の世界を創れ、 といいます。
そして、この場合、天皇とは、701年の大宝律令で完成した日本国の天皇ではなく、
全てのイノチと繋がる 大元の光 を最も濁りなく発する、人間の魂 を言います。
私は、それを、縄文時代のヌナカワヒメと、感じています。
ここまでの認識があれば、 東アジアの対立は、すぐに、消滅します。
しかも、日本の名誉は保たれます。それ以上に、より、輝きを増します。
内発的創造性 INNER INITIATIVE . は、 人間であれば、誰でも持っているものです。
1300年前、不比等は、これを発揮して、今の日本国の枠組みを作り出しました。
しかし、それは、もう耐用年限が過ぎました。 その現実的表れが、 原発システムへの拘泥です。
不比等の血は、この意味を知っています。 そして、 現実(オンカロ)を見た人間も、すぐにわかります。
しかし、明治にできた虚構の天皇像で固められた国家利権(田布施システム)の中で、戦後も甘やかされて育ったボンボンたちと、お受験エリートは、 この認識ができない。
そして、自分で、自分の世界を創る可能性を実感できない人間は、いつまでたっても、システムの枠の中でしか、自分の存在を感知できない。
死を意識しないと、生は輝かないが、 それは、誰かのための、生であってはならない。
誰からも愛される、自分自身の世界 を生きる。 皆がこう生きる。 これが私の目標です。