民主党の小沢代表が辞任。
自民党の鴻池官房副長官が辞任。
選挙が近くなっています。
昨年、総理に就任した麻生氏が、なぜ、すぐに解散・総選挙をしなかったのか、
もちろん、支持率低迷、サブプライムローン破綻による経済危機もありましたが、
日本の国策を考えるとき、もう一つの視点があります。
外務大臣時代の麻生外交の継続です。
>中東問題、そして、世界中のテロについて、
原因は、1948年のイスラエルの建国。
今、憎悪が増幅されるのは、パレスチナが貧困だから。
この貧困問題を、日本が解決できれば、
平和になる。
これは、外務省の知恵袋が考え出した戦略でしょうが、
それを、
今ならできる、アメリカの関与を押さえ込みながらできる、
自分には、その度胸がある。ハラがある。
どうも、天は、口曲がりの麻生氏に、その役割を与えたようです。
爺さまの吉田茂から、日本が未曾有の戦火に巻き込まれた国際情勢の裏側を
聞かされているからこそ、今の、このサブプライム破綻後の国際政治で、
「日本が、初めて主導権を握れる」と 直感しているのでしょう。
ここで、ちょっと、ユダヤに関する、重要な「こだわり」を書きます。
そのまえに、
次のブログの中にある、外務大臣時代の麻生首相の演説をお聞きください。
今のイスラエルは、20世紀に政治的にできた、「ユダヤ教徒」の国です。
これは、正確には、ユダヤ人の国ではありません。
ユダヤ人という場合、その定義は二つあります。
一つは、血統。 もう一つは、信仰です。
(血統でも、12支族と名祖家レビ族のうち、レビは男系男子ですが、
他の12支族は、母方の血統が問われるのみ)
今のイスラエルにいるユダヤ人は、その多くが、8世紀以降に、進んでユダヤ教徒になった
信仰上のユダヤ人が出発です。そのとき、なるべく早い段階でユダヤ人女性を娶ったものが
血統上、上位者のユダヤ人とされています。
血統的にみると、ヘブライ人(古代イスラエル)の中でも BC922の分裂後の南ユダの王族
の血統を引くものはごくわずかで、血統で確認できるのは、レビ族などほんの一部(代表は、
前日本大使のエリ・コーヘン)です。
一方、パレスチナ人は、もともとヘブライ人の子孫です。
611年、ムハンマドの前に天使ガブリエルが現れ、啓示が授けられます。 それを平和に
暮らす実生活での指針として、コーランをまとめると、それに従って暮らすムスリム(イスラム
の信仰生活)が誕生し、その輪が広がっていきます。
ムスリムは、ビザンチンを撃退し、ペルシャを滅ぼしたあと、パレスチナの地に入り、そこに残っ
ていた多くのヘブライ人も8世紀にはムスリムとなって、そのまま農業を営みつづけたのです。
ムハンマドが登場するまでに、中東・トルコ・ペルシャ・エジプトには多くのヘブライ人が住んで
いて、アブラハムやモーゼ、ダビデ、ソロモン、イエスをどう解釈するか、いろいろな考えがあり
ました。
ヘブライ人とは、3000年前に古代イスラエル王国を形成した、ヤコブの子孫の12支族と名祖家レビ
の民の総称です。 ここには、失われた10支族 も含まれます。
ムハンマドなどのイスラムの主流であるアラブ人は、このヘブライ人の元となったヤコブの父イサク
の双子の兄エサウ(イシュマエル)の子孫の系列で、アブラハムを共通の先祖としています。
さらに、現代のヨルダン国王は、ムハンマドの血を引く一族で、アラブ連帯会議の首座を
務めます。
ヘブライ人の中で、ダビデの血統を継ぐユダ族を中心に、
自分たちは モーゼ(レビ族)が神と交わした「契約」を守り続けている選ばれた民族だ と
自負しているのが、正統なユダヤ人です。
19世紀末、イスラエルを政治的に再度建国するとの呼びかけ(=シオニズム)に応えたのは、
この正統なユダヤ人ではなく、あとから信仰としてユダヤ教を選んだ、ユダヤ教徒が大半でした。
正統なユダヤ人は、AD70年、マサダ要塞が崩壊すると、離散したそれぞれの地域で
自分たちの信仰生活を保障してくれる、地上の王を探し、王国を作らせていきましたが、その王国で
の信仰の形や教義は、統治に適するものに変えていきました。
そのとき、ユダ族出身のイエスの奇跡を 血統によるものと考えるものは、その血の持ち主を
地上の王とすべく、その正統性を血統に求めました。 その物語が、例の『ダビンチ・コード』です。
4世紀には、ローマ皇帝が自らキリスト教徒になり、イエスに纏わる伝承を集積・整理し、
イエスを神とするキリスト教「ローマ・カトリック」が確立し、それに従わない地域の民を
野蛮・未開として、ローマ帝国は支配地域を拡大していきましたが、 そのとき、
ユダヤ人は、「イエスは神ではない、人間の預言者だ」と主張しつづけ、弾圧されました。
一方、アジアに流れたユダヤ人は、自らとイエスの関係を誇りに、ローマからは異端とされ
排除されたキリスト伝承を伝えながら、その地にあったブッダの教えまでとりこんでいきました。
絶対の教義は作らず、真実のヒビキのみを求めていたのです。
そうして出来上がったものが日本の「天皇」であり、それを支える文献が、古事記・日本書紀です。
麻生総理は、ここまで知らないようですが、
それでも、ここ2年間の麻生外交に関しては、私は評価したいと思います。
先ほどのブログは世界平和安全協会のもの。麻生氏の下品な濁声も、この演説では心地いい。