NSAと宇宙意志は「仁」の世界展開、朱鳥だ。Q-Killing The Mockingbird 大魔王が動いているが日本メディアはいまだ「忖度中」。よって実際の破段の衝撃は壮絶だ。

1) Qの動き。 デジタルソルジャーの Eriさんが、これも見てと。
こちらにも字幕が着いた。https://www.youtube.com/watch?v=80s5xuvzCtg
6月3日に、イギリスに行ったトランプとメラニア。
メラニアはここでは、ダイアナ殺害を、きびしく女王に責め続けました。
それは彼女が着た服装でわかる、とネットで騒がれています。赤のドレスと、白のスーツ。

2)「金融ワンワールド」とアヘンと、神国日本イデオロギー。

イギリスは、ナポレオン戦争以来、「金融ワンワールド」の<謀略拠点>でした。
ケンブリッジで始まったのが近代フリーメーソン。彼らは国家を身体にたとえ、血液をマネーと捉えた。そのマネーを増やすのは「信用創造」であり、それには、その元になる金塊(ゴールド)が必要だ。こう考えだした時に、東の果てからその金塊が流れ込んでくる。そこには、「四海同胞」「一視同仁」の思いが組み込まれていたが、それを運んだ客家(羅芳公司)の横には、大陸を追われた、明の皇族の末裔と洪門がいた。1770年ごろで、大陸は清の乾隆帝の代。その清を滅ぼして明に戻したい。これが洪門だった。

中国大陸では、康煕・雍正・乾隆と名君がつづき、人口も農業生産量も増えていた。
満州族の彼らは、3000年前の殷周革命以来の、中華の大地での「天命」の在り方・支配者側の当否の基準を探り、それを徹底的に学んだ。特に康熙帝がそうだった。明代の最高知性が家庭教師につき、歴代王朝がどうして興り、そして荒廃し、「革命」となったのか、天意と人為による地上世界の統治について、英才教育を受けた。そして15歳で親政する段階になると、自らも科挙の試験を受け、ガチンコで並みいる大秀才を押し分け、上位3番の成績を収めた。
 満州族は武力で政権をとった一族にゆえに、自分たちに中華の正統性(天命)があるか否かを測る、孔子一族を特に重視し、董仲舒以来の儒教原理を学び、徹底した。このときチベット仏教も尊重され、道教・仏教・儒教はみごとに、清朝の統治システムの中で融合していた。
 漢民族ではない満州族が中華の伝統を学んで吸収し、政治的にも権威を確立すると、政治的に排除された明の人間がこれを否定する。これは、大陸の南部、そして、海外にも及んだ。それが洪門だった。

3)皇国ファンタジーが、国家イデオロギーになっていく、その起源。
 江戸時代、五代将軍綱吉の時代は忠臣蔵で有名ですが、このとき列島内で、「中華の権威」の継承者とその格式の理解について、大変化が起きる。
 江戸初期の教養人、特に漢学者は林羅山を代表に、漢文の文献を熟読しては中華礼賛だったが、そこから元禄期を過ぎると一気に、「日本列島こそ神国だ、なぜならスメラミコトがいるからだ」という、天皇礼賛に切り替わっていく。羅山は当初、梁書などにあるとおり、天皇は「呉太白の子孫」という説をそのまま唱えていたが、清が大陸での支配権を確立し盤石になると、清ではなく、列島こそが、秦の後継王朝だ、との理解を言い出す漢学者が増えだした。それは、明から亡命してきた知識人の子孫たちで、列島の中での大陸の王朝と関わりのある伝承を再発見しながら、各藩の江戸屋敷の子弟や富裕な庶民に中華の教養を教えだしたときで、それらを、幕府も各藩も奨励し、正規の学問として位置づけた。。
 このとき、天皇と将軍とは、どっちが上か?従うべき主君はどちらか?との議論になった。幕府の創設者、神君家康公は、天皇から征夷大将軍という支配権を認められた存在だが、天皇とは一体、いつから始まったのか?これを、理論立てする必要が生まれた。
 将軍は爵位を天皇からもらっている以上、本来、天皇に使えるべき存在だ。この理解に切り替わるきっかけになったのが、山鹿素行の赤穂行です。赤穂の坂越にある大避神社に行き、秦河勝の出自を知った。庇護したのは浅野匠でした。赤穂に行けと指示を出したのは、きっと「うちの先祖が天皇を創った」という、群馬が本貫の金井一族でしょう。彼らは、3世紀に、実際にリアルに、日本列島に統治体を築いたハツクニシラス(初代の支配者)を手引きした一族で、「イカヅチ」と隠語で呼ばれていた。列島での現実にあった「ハツクニシラスの事実や足跡」は、記紀では、「国産み」「国譲り」の物語に反映されており、その中で、彼らの役割と活躍は、ヤタカラスの記述と、各地の伝承で暗示されている。
 以来、記紀に書かれた、ヤマトタケルのときも、ホムダワケのときも、大阪に巨大古墳が次々と出来るオオサザキ(仁徳)のときも、さらに三輪山の東に、禊(みそぎ)の地「泊瀬(ハツセ)」ができる雄略のときも、継体となる「オオド」の呼び込みも、「ウマヤド」の設定も、彼ら「天皇を創った一族」が画策したものでした。
 
4)列島の<統治体の在り方を考える>宿命を持つ一族。
「イカヅチ」は、時代時代の中華皇帝との対比の中で、列島内の「統治体の枠組み」と、統治のための「思想体系」をいつも考えてきました。それを、「国体」という人もいます。大陸の皇帝権との対比、役割の補完性をいつも考える。特に、天武の時は、地球全てに列島の「仁」を広める(大きな屋根を掛ける)という思いがあり、唐の高宗との決着戦争に本気で臨もうとしていた。それを強引に中断させたのは、列島と大陸にいた3人の女性たち;武照(武則天)、額田王、鵜野讃良(持統)でした。
 そのための具体的知恵をだしたのが、鎌足の息子の史(不比等)です。彼が戦争回避の究極の秘策を得た場所が大阪の枚岡神社の地です。そして日本列島だけを「仁で覆う」=「アメノコヤネ」を言い出した。この秘策の成功によって、天武の想い「世界を「仁」で覆う」=「アメノオオヤネ」は、未来の課題として残すことになったのです。それを暗示しているのが、「朱鳥」の元号です。
 天武が籠城先として整備を進めていた北信濃で拉致誘拐して、群馬の板倉(現在の雷電社の地)に押し込めたのが、683年初夏です。不比等はこのとき、長安の高宗に天武の偽の首を届けに向かった。それを迎え入れた即天武后(武照)は、目が見えなくなっていた高宗に対し、「これで、太宗の仇は取れました」と言って、その首を高宗渡して撫でさせ、天に感謝しましょうと高宗を崋山に連れ出した。これが災いして、高宗はこの年のうちに崩御した。
 大陸の唐と、列島の日本とで、「太一」をめぐる、対立の核が、両方とも無くなった。と同時に、武照には史上初めて女性皇帝の道が開けた。鵜野讃良は、夫の見果てぬ夢はこれで終わりになって、列島での安寧を確立することができると、額田王とともに喜んだ。年が明けて684年、天武は飛鳥に戻るが衰弱し、「無端子」のナゾナゾを臣下に問いながら、686年9月に崩御した。684年以来、摂政の形で天皇の代行をしていた大津皇子が一か月も立たずに粛清され、鵜野の実子、草壁皇子も689年に急死する。
 鵜野は690年、武照(武則天)の即位に合わせ、天皇に即位した。このとき、大陸、半島(統一新羅)、列島の三国体制が完成した。大陸での武則天の統治は貴族や門閥に囚われず、有能な才能を引き上げる一方、粛清の嵐だった。彼女は周代からやり直すとして、国名を「周」とし、獅子ではなく、カイチ(ユニコーン)を大切にした。
不比等は、鵜野(持統)を中心にして、列島のみに屋根を掛けて、一つの家を完成させるべく、皇祖神アマテラスを創り出した。さらに、神代から持統へとつづく、一っの血統の物語を強引に作ってそれを日本国の正史とした。そのときに、不比等自身が「アメノコヤネ』と尊称された。列島独自の政治的なアイデンティティーはここから始まった。イカヅチ一族はこの経緯をもちろん全て知っているが、明が潰され、漢民族とは違う満州族が中華の伝統を引き継ぐことを憎んだ明の教養人ともに、列島の権威のあり方にも、世界化できるように改変を考えていた。

5)中華皇帝と、日本の天皇とヘブライの関係は? 
 皇帝を生み出した、孔子の考えも、始皇帝の統一事業も、ヘブライのダビデから始まる「部族統合の意思」が元で、それは、文字で明文化されることで情報共有が進み、巨大国家権力の形成を促した。「部族統合の意思」は日本列島にも同じく入っていたが、列島の場合、文字を持たずとも、すでに心の統合はいつでもできる、響きの生命環境が整っていた。それが、歌と響きによるネットワークで、かつては、孔子も徐福も憧れたものだった。しかし、これらは、文字記録にない。だが、実際の列島の事実として、いいものはいいでどんどん吸収され、情報共有するのが日本列島の特徴だ。
 赤穂に飛ばされた山鹿素行は、浅野匠の庇護下、大避神社でウマヤドを支えた秦河勝の墓のみならず、その祖先の融通王、功満王の由来を確認する。このとき、巨大古墳の始まりになった羽曳野の応神、つまりホムダワケ(イザサワケ)の正体を知る。河勝自体は新撰姓氏録にある通り、秦の二世皇帝、胡亥の末裔。その点、ホムダワケは、扶蘇・子嬰の末だった。唐の李世民は、正史を纏めさせるときに、そうした列島での事実を、中華の史書には絶対に書かせなかった。それゆえ、この時代について、列島の歴史学会では、21世紀の現代に至ってもなお、「謎の4世紀」と評する習慣がまかりとおっている。山鹿素行が確認したのは、列島では、赤穂の坂越神社では雅楽の東儀氏が今でも始皇帝を祝うことが証明してしているように、始皇帝の血脈なり継承者が、どこかで天皇本人かその制度に入っているはずだが、今の清国には、全くないというものだった。
 清の満州族は、曲阜の孔家に自らの統治の正統性を求めるが、そこには、ヘブライの血がまったくない。列島こそが、ヘブライの中でもユダ族が創り出した国で、天皇家にその血はある、という信念にたどり着いた。そこから山鹿素行は、アダムとイブを、イザナギ・イザナミに捉え直して、「日本こそが中華である」とする、『中朝事実』を書く。このとき、柳沢吉保が貨幣改鋳でねん出した「秘密のゴールド」を長崎と寧波とで往復させ、列島と列島以外の金銀交換比率の違いを見つけ、銀を介した交易によって、金の量が3倍になる事実を確認する。
 大陸で満州族の康熙帝が中華の伝統を生涯を懸けて学びつづけ、西欧の科学まで学んで、清の統治体制を固め、富をどんどん生み出しているとき、列島では、漢民族の明の亡命教養人たちが江戸幕府を支え、清には正統性がない、日本こそ中華だという政治論を創り出させて、それを定着させた。そこから皇国史観が生まれ、それが明治の大爆発を誘発する。
 列島の大地に眠る、金鉱脈は元々誰のものか? 地下に眠る鉱物に、経済的価値を見出したのが、ゴールドの本当の地権者になるサンカの大元。これも、出自はヘブライ人だ。彼らは、明の亡命者と客家のいう、「四海同胞」「一視同胞」の理想の下、列島の金の流出に同意した。これを、徳川幕府は「ヒタカクシ(日田隠し)」にした。
 つまり、19世紀に「金融ワンワールド」が広がる切っ掛けになった、その中核の黄金(ゴールド)には、列島のサンカがいたのです。
イギリスは、清との貿易で乾隆帝時代になると、茶や陶磁器の輸入で完全に銀の流出が止まらず、秘策を練った。明の亡命者で海外に出たものは、満州族がどんなに統治を固めても、それを認めず、奪回を望み、そのとき、金儲けだけを考える、「金融ワンワールド」のある勢力と組んだ。
 で、アヘン戦争がおきる。以後アヘンを運んで大儲けするのが、アメリカの商人で、彼らが掴み取った富で建てられたのが、伝統のアイビーリーグの各大学になっていった。
 清国がイギリスに攻撃されるのを見ていた列島の幕府では国防論が始まるが、ここで国家の改造論が出てくる。このとき山鹿素行から始まる、皇国ファンタジーが国家改造の精神的エネルギーを引き起こす。同時に、アメリカへの憧れが喚起され(勝海舟の咸臨丸)、そこにイギリスの武器商人(グラバー)が、列島の旧体制の破壊に、幕府と薩長の両方に武器を売った。これは完全に戦争屋だった。

6)傷んだ曲阜の孔廟を整備した日本軍。桜を切り、孔廟を傷つけた文革の紅衛兵。
アジアの中で、列島がいち早く諸侯経済をやめて中央集権国家になると、そこを拠点に、イギリスの戦争屋は清国に止めを刺しに行く。アヘンと宗教で大陸が内面から崩壊している中、第二次アヘン戦争で天津が開港させられ、さらに朝鮮半島の宗主権をめぐって日清戦争となった。李鴻章と伊藤博文が結んだ下関条約では、日本が得た領土に関わる権利(港湾からの鉄道敷設とその沿線での鉱工業権)は、そのまま、最恵国待遇をもつ、イギリスの権利となった。
 しかし、こうした中、清国自体がボロボロになっても曲阜の孔子一族の優遇は続いた。1900年の義和団事変のあと辛亥革命に至ると、ここにも疲弊が及んだが、第一次大戦で日本軍が山東出兵すると、日本軍は青島から曲阜まですすみ、荒廃していた孔廟を、これまでにない程、美しく整備した。
 それを見て、自国シナ人の不明と愚昧を嘆き、西欧の悪辣さを呪い、日本軍を憎み・恨んだのが、湖南省の青年教師の毛沢東だった。毛沢東は後に、1949年に人民中国政権を確立すると、日本軍が山東省に植えた全ての桜の樹を切り倒した。(この当時の桜で残されたのは、武漢の桜だけだった)
 
 今から100年前の、1919年5月4日、中華民国の愚劣さに祖国滅亡をなげいた学生たちが、「五四運動」を起こした。それを上海で実見したのが北一輝だった。1921年7月、毛沢東はソ連のコミンテルンの指導の下に、陳独秀・李大鈔らと共に共産主義・計画経済を理想とする共産党を上海で結党した。毛沢東は、2200年前の漢の劉邦以来の、土地にまつわる儒教的伝統的権威こそが変化と発展を拒んでいると、すべて否定した。大陸の大地から、地主たちが持つ所有権と私的財産権を消す、これが国家の再創造の出発だと。
 しかし、上海での結党大会にいなかった周恩来と鄧小平らは1921年にフランスにいて、「共産主義で政権は奪えるが、国家建設は出来ない」と知らされる。周恩来を日本で庇護していたのが、イカヅチの末裔だった。彼らは毛沢東が、破壊だけに傾きかねない危うさを事前に防いでいた。中華とヤマトは、東アジアで咲かす繁栄という、大きな楕円にとって、二つの焦点だと知っていたのだ。
 1921年は、アメリカではワシントン軍縮会議が開かれ、その場に日本の山本五十六が出席していた。ロックフェラーがCFR(外交問題評議会)をつくり、アメリカが国家として、イギリスに代わってヘゲモニーを求めだした。このとき、国際政治の戦略物資としてエネルギー、特に石油が課題となった。
 戦後、金本位制で始まったブレトンウッズ体制は、JFK暗殺の後、さらなるマネーの拡大が続き、1971年のニクソンショックとなった。以後事実上、石油本位になり、そして中東での戦争本位になった。これで、ますます戦争屋が各国で跋扈し、実権を握った。ここが今、処分になっているのだ。
 そうした、金融ワンワールドを新たな次元に移して、経済そのものを、糺す。この決意が、今、NSAから出ているのだ。背後には、宇宙意志との交流もあるだろう。今回のトランプ訪英で、ロンドンの王室もそれに同意。そうしたトランプの活動は、日本列島の列島民をどこに導くのか?
 世界中で、経済界も行政組織も、大幅な改変にならざるを得ないのだが、毛沢東のような次元までの決意は、安倍を嫌う人間であっても、そこまでの覚悟はない。まだ、国家の権力への期待と依存、そして、日本という「幻影」に浸っているのだ。

7)大変革の覚悟は出来ていますか?

 特に日本に限らず、日本語のメディアは、トランプに屈服した安倍政権の姿を、これまでの、日米関係の通商交渉のやり取りの次元の中だけで捉えている。その先には、石油や原子力に替わるエネルギーも出てくるし、国家の機能も存立要件も変わるのだが、安倍たち自民の面々は古くて鈍感な頭のままであり、そのアナクロ加減を、日本語メディアは、だれも指摘しない。
 自分が立っている大地が、こわれたり、消えていく、と勘違いしているのだろう。
壊れるのは、統治体。消えるのは、国家を妄信する、異常な精神なのだ。統治体や国家アイデンティーは単に概念なので、再構築すればいいだけで、そのとき、毛沢東のように、土地の所有権や私有財産権にまで本格的な見直しを入れれば、痛みが少ない。格差の是正だ。それを可能にするのが「ブロックチェーン経済」だということを薄々感ずいていても、今、握っているマネーが少しでも減るのが怖くて、言えないのかもしれませんね。
 まあ、この『中朝事実』からの300年流れ、さらに不比等がつくった「アメノコヤネ」からの1300年の流れ、これをきちんと押さえましょうね。

 明日は、古代史研究会の第三回目
 「謎の4世紀」巨大古墳の誕生から、「ウマヤド」の真実まで、
 話します。

 お茶の水駅の順天堂病院の北、東京外語大サテライトオフィスで、午後2時からです。

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この記事を書いた人

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。