国家(nation state )は、統治体。
その本質は暴力(強制力)。運営手段が税金と武力(対外的に軍事。対内的に警察・司法)。
それゆえに、私達は、この二つの使い方を一部の人間の恣意に任せるわけに行かないので、
誰もが納得する法律をきめることにしてきた。
そして、時代時代にあった法律をどう作るか、誰もがそこに参加できる制度を作った。
それが、理念で 民主主義。
方法論が選挙。 選挙権を持つ人間が、有権者。
しかし、このときの前提。
全ての情報が公開され、等しく共有されていること。
ここには、まだまだ制限(限界)があるが(権力側の隠蔽と国民側の理解力の問題)、
時代と共に、より多くの人間の意志を取り込んで行くのは、間違いない。
こう考えたうえで、自分のこと。
どこにむけたら、実りある発言になるか。
イノチの連続性の中に、物語をつむぐ。
私の場合は、こちらなのだろう。
同じクニ(国・邦・六合)でも、国家を思うと空しくなる。郷土を思うと熱くなる。
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この記事を書いた人
新井信介
1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。