『令和』は客家「梅」の勝利宣言とイノチの原点回帰。出典元は後漢時代に渾天(こんてん)説を論じた張衡の『帰田賦』。その真意は?

こんばんは。新元号の「令和」について、様々な解説が繰り広げられています。
元となっているのは、万葉集だという人もいますが、それすらも明らかに、後漢の天文学者、張衡の「帰田賦」にある、次の句からの引用です。「於是仲春令月時和氣淸原隰鬱茂百草滋榮」
「仲春令月、時和し気清らかなり」(後漢・張衡「帰田賦・文選巻十五)
「張衡が時の安帝に召されたものの、政治腐敗に嫌気がさして田舎に帰りたいという意味」
安帝=安倍様 ・・・ネットにまとまった意見がありましたので、紹介します。
629名無しさん@1周年2019/04/01(月)
1.『万葉集』の題詞という和歌そのものではなく漢文の部分から引用。しかも、それは中国の『文選』からの引用部分
2.漢籍の孫引きであるのを「万葉集から引用」とどや顔 で、「中国から離れた」「日本人の心だ」と誇ってしまう
3.元ネタの張衡の詩は「都会は嫌だ田舎へ帰りたいお先は暗い昔はよかった」といった内容。
 著者の張衡は『安帝』に召されるも政治の腐敗を目の当たりにしていた。安帝は宦官の専横を許して国家の衰退を招いた暗君
4.そもそも万葉集第五巻梅花歌卅二首は、漢籍に明るい大伴旅人の大宰府の邸宅で、中国原産の梅を珍しがって、中国詩人の真似をして詩を詠んでいるもの。(新井(注)…王族「松」に対し、「梅」は職能民・金融業者で、客家のフロントとなっている)。
5.令の字義は「いいつける」。あと、 令人感動=人を感動させる という使い方もある。
 過去に「令徳」に改元しかけた事例があり、問題になったことも
6.元号選定者のなかに、万葉集の専門家がいて、今回の選定で、「和風」を装ったように見せている。

張衡は、次のように解説されます。(平凡社「世界大百科」)
中国の後漢時代の科学者,文学者。字は平子。河南省の南陽西鄂の人。安帝・順帝に仕え,天文暦法や史料編纂の長官に当たる太史令になり,さらに後漢では最高の官の尚書になった。文学の才にたけ,〈西京賦〉〈東京賦〉〈南都賦〉〈思玄賦〉などの詞賦を書き,また七言詩成立途上の一時期を画す〈四愁詩〉を作った(いずれも《文選》に収録された)。天文・陰陽・暦算に通じ,渾天(こんてん)家として《霊憲》を書いて,宇宙生成説,宇宙説を論じ,さらに〈天地は鶏卵のよう〉に球状の天が中央のまるい地を包むという明確な渾天説に基づいて《渾天儀》を書き渾天儀の製法について述べた。

私のコメント;この列島での統治体の元号は、入鹿殺害事件後につけられた「大化」が最初です。それからの継続という流れで現在に至っていますが、どうもそれが終了する、との意味に思えるのです。これまで、自然の摂理から離れるばかりの文明が、戦後は世界規模で広がっていき、人間の心が、とくに自然と一体で生きることを完全に忘れてしまったので、それを壊して、再生させる。つまり、これからの統治体は、その次元からのやり直しが主流であり、そこへの切り替えだと。
記紀での歴代天皇では、列島の最初の大王「ハツクニシラス」は第10代の「崇神」で、これは3世紀後半の人物です。で、今回の元ネタは、8世紀の「梅」好きの大伴旅人の「万葉集」は表面であり、それすらも、後漢の天文・地震学者、張衡の文章からの孫引きだが、張衡はどんな時代に、何を書いたのか? それは、題名にあるとおり「帰田」。腐敗ばかりの「帝郷」(皇帝のいる統治体での権力構造)よりも、自然と一体になって、自分のために田を耕せと。大地が怒っているぞ、とも、
 翻って、戦後の日本は過度の工業化で離農が続き、今、食品自給率はカロリーベースで、2017年で38%。神が与えた肥沃な地であるにもかかわらず、耕作放棄地も広がっている。金さえ出せば、食はいくらでも手に入ると考えて来たのです。そして、オイルメジャーや穀物メジャーにいいようにあしらわれ、江戸時代にはあれほど美しかった海も山も野原も、痛々しい姿になってしまった。
 もう一度、文明そのものをやり直せ。こういったメッセージが私には読みとれます。特に「令」とは、「命」から「口」をとったもの。そして、「和」も「禾」は穀物を意味しますから、どうもこれから私たちは、「食」に関し、本当に、心から反省させられる事態がすごそこに来ることを予感させます。
 この元号が示すのは、今年春節に安倍さまが中国大陸の人民向けに、「新年(シンニェン)好(ハオ)、春節(チュンチェ)好(ハオ)」で言った時からすでに、「一帯一路」とブロックチェーンを進める客家戦略の中に完全に組み込まれていたということ。
 列島内の右翼(皇国ファンタジー心酔者)を抑え込むには、戦略的に「安倍様」が必要で、戦前からの因果を知る家系にうまれたNHKの女帝、岩田明子さまが一生懸命に安倍様擁護に精を出していますね。
さて、何が起きるか?戦後の、輸出主導の加工貿易立国はもう終わり。きちんと、イノチの巡りを作れ、とばかり、これから大型の災難がつづくのでしょう。しかし、その先には、自分から豊かさを生み出す人には、富がちゃんと届くようになる、のではないでしょうか?
「令和」とは、上からの命令(Order)による、和(Peace/Harmony)で、それはAI(人口智能)によって管理される世界という意見もあり、これは頷けます。地上にある、人間世界の「富」の適正分配と、全てのイノチとともに「豊かさ」を享受する時代への切り替えは必須で、それにはAIが不可決でしょう。
 相当の痛みが出ますが、その先に、私たちはどこに辿りつこうとしているのか?私は、張衡の名前が出てきた瞬間、安心しました。後漢の光武帝のあと、列島からは倭王の帥升が朝貢。この頃から、大陸では、光武帝劉秀の「徳治」は終わり、宦官が蔓延りだした。一方、列島では、九州に大陸からの人間の入植が進みますが、「ニギハヤヒ」をもった関西・中部では銅鐸がすでに聞く銅鐸から見る銅鐸に変わった後、その銅鐸がどんどん大型化していきました。その「ニギハヤヒ」が、3世紀に「ハツクニシラス」に征服されたのが、この国の、今につながる王権(天皇)です。

 今、首都圏の事業所には、巨大災害に備え、一週間分の食料の備蓄が求められています。そうした列島での「試練」は、世界規模での管理と、個々人の創造性の発現となるのではないか?それより、いつまで、安倍様なのでしょうか、こっちの方が問題です。嘘つき、サイコパスが国家権力のトップでは、国(統治体)は腐り果てます。まあ、私たちの覚醒を引き出すためには、それが狙いなのかもしれません。これからは、甚大な災害や世界規模の不作などで、一次的な食糧難となって、人間個々人が厳しく管理される事態もありえますが、基本的には、人間の創造性がどんどん尊重され、そこにマネーが流れ込むのではないか、と思えてなりません。
 今、近代史で巨大な権力ネットワークを構築した戦争屋たちの、個々の奥の院メンバーには、「(保有株式の高額買い取りの手法で)カネをやるからもう悪さをするな」が、国際政治の実態ではないでしょうか?新天皇の即位まで、あと一ケ月、まだまだ動きます。

この記事を書いた人

新井信介

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。