元財務相の田中秀明さん。官僚の「政治化」を、読み解く。その果てに、メディアも「御用化」した。

ぬなとチャンネルで紹介した田中秀明さん。

財務省には珍しく、東京工業大学の出身。現在、明治大学公共政策学。

最新の記事を転載します。

<毎日新聞 2022年2月8日 から>

元財務官僚の田中秀明・明治大学公共政策大学院教授は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。「日本の格差や貧困は、先進国の中で高い。しかし、これは、首相が演説で述べるように、市場や競争の効率性を重視し過ぎたことによるのだろうか」と語った。  田中氏は「小泉改革という例外は一部あるものの、日本で実施されてきた政策の多くは、市場原理主義というより、政府による介入策だ。少なくとも『市場や競争を重視し過ぎている』とは言えない」と指摘する。  「岸田首相は、これまでの行き過ぎた市場原理主義を是正する必要があると説くが、これまでの日本では、むしろ政府の過剰な介入策が経済成長を阻害している」と語った。

過去の記事  2018年5月28日   日刊ゲンダイ

<元財務省・田中秀明氏 官僚の「政治化」が生んだ忖度体質>

霞が関の官僚の壊れっぷりが酷すぎる。中でも“最強官庁”として君臨してきた財務省は一体どうなってしまったのか。森友疑惑に関して決裁文書改ざんに手を染めたうえ、事務次官がセクハラ発言で辞職に追い込まれた。安倍政権下で官僚は人事を官邸に握られ、忖度ばかりするようになったといわれるが、原因はそうなのか。

元財務官僚でもある明大公共政策大学院専任教授の田中秀明氏に聞くと、官僚の「政治化」がその背景にあるという。

■「内部統制」の概念がない
古巣の財務省で、あり得ない不祥事が続発しています。

公文書の書き換えもセクハラもとんでもないことです。1990年代の接待汚職事件で財務省は逮捕者まで出し、その後、変革を誓って自己改革の報告書をまとめた。しかし、20年経って、元に戻ってしまいました。原因は複雑ですが、組織と公務員制度の2つの問題が背景にあります。それは財務省に限らず、霞が関に共通しています。

――組織の問題とは?

役所にはマネジメントの概念が乏しく、自己チェック機能が弱いのです。組織のマネジャーは本来、事務次官です。しかし実際は、次官は「名誉職」だと思います。1、2年で交代する順送り人事だからです。英豪などでは、次官は3年以上務め、組織のマネジメントに責任を負っていますが、そう自覚する次官は日本にはいないでしょう。

――マネジメントの必要性に対する意識が低いのでしょうか。

役所は手続き重視の前例踏襲。マネジメントとは少ない資源でより良い結果を生み出すということですが、役所には、そうした概念はありません。それから、根本的には、内部統制という概念がなく、内部監査も不十分です。

――内部統制がない?

役所特有の考え方はあるんです。例えば、物品を買うという場合。それを使う人、注文を出す人、お金を出す人、届いた商品をチェックする人などを分ける。不正を回避する仕組みです。しかし、民間企業のような事前のリスクコントロールという考え方はありません。不正や情報漏洩などが起こることをあらかじめ想定して、その発生をどうやって下げるか。そういう意味での内部統制やその重要な要素である内部監査は、法令に書いてありません。

――いわゆる危機管理がないのですね。

防衛省や警察などには危機管理を担う部署があるのですが、一般の役所は「無謬性」といって、「間違えない」という前提なんです。だからリスクがなく、失敗もない、と。しかし、リスクを想定して、事前に対応を取る仕組みや体制は必要です。

英国などでは、事務次官は「会計官」としても任命され、内部統制報告書や財務書類などに署名します。また、外部の専門家も入る内部監査委員会も設置され、自律的にチェックをしています。今般の財務省・防衛省などの不祥事は、まさにこうしたガバナンスが欠けていたからといえます。

政治任用と資格任用の区別が必要

福田前財務次官に「責任者」としての自覚はあったのか(C)日刊ゲンダイ
福田前財務次官に「責任者」としての自覚はあったのか(C)日刊ゲンダイ
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  ――官僚自体も劣化していませんか。

80年代にエズラ・ボーゲル(米ハーバード大名誉教授)が著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で、戦後の奇跡的な経済復興を牽引したのは大蔵省や通産省などの官僚たちだと言いました。これは過大評価であり、右肩上がりの時代は、誰がやってもうまくいった。

しかし、90年代に入り、バブルがはじけて日本経済は低迷しました。官僚の不祥事も続き、官僚主導から政治主導へと行政改革が行われました。従来官僚たちは、政治家や関係業界と調整して政策を作りながら、自らの利益も追求してきました。私は、これを「政治化」と呼んでいます。しかし、政治主導が進む中でこうしたモデルは通用しなくなったのです。官僚は本来、専門性に基づき分析し選択肢を提示すべきですが、そうした専門性は政治化ゆえにおろそかになっています。それでは、良い政策は作れません。

――内閣人事局にも問題があるとされています。

公務員の任命権は各省の大臣にありますが、2014年に内閣人事局が設置されてからは、幹部公務員の任免については、総理・官房長官・大臣が事前協議することになりました。政府全体の見地から幹部人事を行う建前は良いのですが、菅官房長官が、各省から出された人事案を差し替えたり、官邸に異論を唱えた幹部を左遷しているといわれています。

菅長官は適材適所と言っていますが、それは恣意的な人事と紙一重です。人事を握られているので、公務員は政治家に忖度します。今や幹部公務員は官邸のイエスマンとなりました。

――菅長官の影響力が強いことが問題なのでしょうか?

従来から幹部人事に官房長官等が関与する仕組みがあったのですが、それが過度になっています。ただ根本的な問題は公務員の任命制度にあります。公務員の任命制度には、政治任用と資格任用があります。例えば米国では、局長級以上の幹部公務員については政治任用です。大統領の好き嫌いで決められ、政権交代のたびに入れ替わる。

英国は、資格任用で、大臣に直接の人事権はありません。事務方トップの次官に至るまで能力や業績で決まる。幹部公務員は公募採用が一般的で、ポストごとに競争原理に基づいて採用されます。公務員には政治的中立性が厳しく求められ、政治家との接触は制限されています。日本は、制度の建前は英国型ですが、公務員の任命権は大臣にあるため、政治任用できる仕組みです。

――日本では政治任用と資格任用の区別がない。

公務員の政治化は、両者の区別がないことに起因しています。今の官邸主導の人事は、公務員をさらに政治化させています。公務員は忖度し、政治家に耳障りなことは言わないのです。米国も、課長までは厳しい能力主義です。資格任用を建前ではなく、実質的に強化し、政策立案において、中立的な分析や検討ができる仕組みに変えるべきです。そして、資格任用の公務員は、公募のように透明かつ競争的な任命プロセスで選ばれるようにする。政治的な調整は官邸や大臣の仕事であり、新しくつくった補佐官を活用すればいい。

――今の公務員制度ではダメですね。

専門家が育たず、政策立案・実施能力が高まりません。政治家や業界との調整ばかりで消耗し、優秀な人ほど若くして辞めてしまう。官僚ではキャリアが向上しないので、外資系金融機関に転職したり、弁護士や学者になっていますよ。

――いわゆる「財務省解体論」についての是非は?

不祥事が続いたので解体すればよいのかもしれませんが、国の財政に誰が責任を持つのでしょうか。よく財務省は最強官庁だといわれますが、昔はともかく、今は違います。もしそうであれば、先進国最悪の財政にはなっていないし、消費税が2度も延期になっていません。多くの研究により、財務大臣の権限が弱い国ほど、透明性が低い国ほど、財政赤字が大きいことがわかっています。日本はまさにこの2点が問題です。

■財務省は予算中心ではなく経済政策を担うべし

――具体的には財務省をどう見直すのですか。

世界の財務省は、予算が中心ではなく、経済政策を担う役所です。米国やカナダ、オーストラリアなどでは、財務省と予算省に分かれています。財務省は財政政策、経済政策、金融政策などマクロを扱い、予算省は細かい予算や会計、評価などミクロを扱う。日本もこのようにするのが一案です。今の日本では、予算は財務省、経済政策は内閣府、金融の企画立案は金融庁、とマクロを扱う官庁がバラバラで最悪です。日本の財務省には、博士号を持ったエコノミストは幹部にはいません。経済政策を担当しないからであり、世界標準とはかけ離れています。

――その場合、主計局はどうなりますか。

主計局の総務課など予算についてマクロ政策を担当する部署は財務省に残すとして、各省との細かな折衝をする部署は総務省と一緒にしたらいいと思います。

――歳入庁構想もありますが。

社会保険料と税を一緒に徴収するのは効率的ですが、新しい組織をつくらなくても、保険料の徴収業務を国税庁に委託すればよいだけの話です。我々は、今般の不祥事を踏まえて、財政を担う組織はどうあるべきなのかを真剣に議論しなければなりません。財務省は自ら猛省し、ガバナンスを改革する必要があります。

(聞き手=本紙・小塚かおる)

▽たなか・ひであき 1960年東京都生まれ。85年東京工業大学大学院修了後、同年大蔵省(現財務省)入省。政策研究大学院大博士。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官などを経て、現職。専門は公共政策・財政・マネジメント、公務員制度など。著書に「日本の財政」(中公新書)などがある。





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この記事を書いた人

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。