こんにちは。信州に戻りました。
京都で初めての皆神塾を開催しているとき、すぐ隣の御所に陛下がお見えになりました。
今上陛下は、今回、京都では、妙心寺と、冷泉家の屋敷を参観されました。
妙心寺を開いたのは、私の郷里、中野市に本拠をもつ高梨氏の関山慧玄でした。
冷泉家はいわずと知れた、藤原定家の家系です。
定家が編纂した歌集で、もっともポピュラーなのが、小倉百人一首。
この巻頭の歌が、天智天皇の
秋の田の 刈穂の庵の 苫をあらみ わが衣では 露にぬれつつ
この歌は、定歌が天智に成り代わって作ったものです。
歌われた時期は、鎌倉幕府が開かれる直前、すなわち、平安京の貴族時代の最後のときでした。
明治維新で東京を都にして、新規に天皇像を作り出し、国家権益を拡大させ続けた華族、官僚、財界による、
ピラミッド型の「庵」は、今、ぼろぼろになっているのではないですか。