聖徳太子と隋唐。日本の精神支配「天皇マトリックス」の始まりは日本書紀での「ウマヤド」の神格化から。

古事記と日本書紀の違い、判りますか?
成立年代が前者は712年、後者は720年。日本書紀には神代編に多くの「一に曰く」として異説を乗せるように、実は意見集約ができないまま終っています。これは、編集責任者の不比等本人が薨去してしまったからです。
古事記がアメノミナカヌシから始まって、ウマヤドの誕生で終るのに対し、日本書紀は国常立から始まって、持統の退位までを書きます。ここでのポイントはなぜ、古事記がウマヤドの誕生で終っているのかです。
これは、712年に女帝時代の周が終わって、玄宗の唐に切り替わったからです。ウマヤドの存在をどう描くか?これを気にしてた当時の最大実力者の不比等は717年に遣唐使を派遣しました。その中に3男の馬養(宇合)がいました。そのとき密かに話した相手が長安にいた日本人の弁正です。この人物は、702年に日本を出港し、武則天から「国名、日本国」の同意を得た粟田真人と同船し、そのまま大陸に残り、実は、即位前の李隆基(玄宗)の囲碁の相手をして特に親しくなっていたのです。
「ウマヤド」なる実在の人物の存在を、どう、唐と日本で史書で書き込むか、ここの感触が不比等は欲しかったのです。すでにこの時点で、隋書の倭国伝(600年の遣隋使に「アマタリシヒコ」と「天を兄、日を弟」、607年の小野妹子が「日出る処の天子」)の方は成立していました。玄宗が、遣隋使を派遣したウマヤドなる存在を、日本では正史にどのような人物として記すのなら、問題が起きないか、その感触を不比等は馬養に探らせた。その結果、「列島生まれで、列島で死んだことにすればOK」とつかんで帰国した。これを手柄として馬養に「宇合」の名前を与えた。その子孫が藤原式家になりました。このときの遣唐使に吉備真備らとともに参加しながら、そのまま唐に残ったのが阿倍仲麻呂。そしてこのときの帰国船に乗船したのが弁正の次男の秦朝元でした。

 さて私自身のことです。「311」のあとも、日本人の精神的「お上依存」を研究していた私は、ネットで『ワシントンの陰謀』の著者、植田信氏と知り合い、京都でも実際に会い、以後親しくしていました。その植田氏からお褒めの言葉をいただいたのが、以下です。すでに植田氏は故人になってしまいましたが、私にすれば、一つの記念碑です。ここで紹介させていただきます。参考にしてください。

【8月22日の新井信介さんのブログは、記念碑的内容になるだろう】
https://8706.teacup.com/uedam/bbs/12276
以下転載します。

今度は、新井信介さんのブログから。
8月22日の中国のテレビ・ドラマ「大唐双龍伝」の話題。
内容は、小野妹子が帰国後の、中国国内の物語とのことです。 http://www.k2o.co.jp/blog2/

新井さんが感想を書いていますが、私が思うに、新井さんが、ついに不比等戦略を突き抜けました。これは、大宝律令が完成してからの、日本人が為しうる最大の偉業です。そのことの意味は、天皇という権威に依存しないで、自分の意識を構成できる、ということです。
 いや、人間の理性は、生まれつき、自然理性として装備されているので、本来であれば、日本人の誰もがこの理性でいられるはずなのですが、これが、不比等によって、天皇に依存するしか、日本人は自分を認知できなくなってしまいました。
ここが、意識構造の面から見た、律令理性の核心です。

だから、天皇依存を抜け出すことが出来れば、日本人は、すぐに律令体制を変えられます。新井さんがそれをやったこということは、続く日本人が続々と出てくることでしょう。
で、私がそう判断した箇所です。 以下です。

「私がこのドラマを見て、またまた中国人気質を学びました。これは日本では、たとえドラマでも絶対にないことだと感じたことがあります。
天皇の存在と、皇帝の存在の違いからきます。それは、以下の様なセリフになってでてきます。

 若者二人が、李世民から自分の幕下に加わる様に求められるとき、「李家は皇帝を出して天下を治めるので、お前たちは、今から加われば、そのときは功臣として、十分な待遇を得られるぞ」といわれると、

 「功臣と言ったって、お前の犬じゃないか。」

 旅先で友人になった人間が、それぞれ、隋に忠誠を尽くそうとするか、瓦崗の反乱軍に行くか、それとも、次の皇帝位を狙う人間に従おうとするか、というとき、

 「人には、それぞれの志(こころざし)があるのです。」

そして、極めつけは、宇文化及(煬帝を実際に倒した人間)のこの言葉。

 「だから、私は誰の指図も受けたくなかった。それには、皇帝になるしかない。」

中国文化圏の人間は、誰もが、自分が皇帝、すなわち、人間世界の支配者=ルーラーになれると考えます。このことは、自分自身を、既存の人間社会を覆す龍になれる と認識するものです。」

以上の新井さんが見た中国人の意識構造に対して、不比等戦略ではこうなります。

「このドラマの時代のとき、日本では斑鳩に法隆寺ができ、広隆寺には弥勒菩薩が据えられたのです。そして、中国大陸では当たり前のように、ワイロとして銀が配られていました。もちろん、日本には、このとき、マネーがありませんでした。
そして、日本で、聖徳太子以前のドラマが、なかなか描けない理由が分かりました。天皇の問題です。倭国の大王は、本質的に天皇と違うからです。「天皇」という権威が確立している中でしか、権力闘争を語ることができない人間、それが日本人だからです。私は今、自分自身が、そうした日本人を根本から変える作業に挑戦しているのだ、と気づいた次第です。」
 ベリー・グッド。 
天皇と中国の皇帝とはいかに違うか? 不比等が出した答えが「天皇は、アマテラスの子孫しか、なることができない」と。不比等戦略です。
だから、日本人は万世一系が支配する国となりました。血による支配です。すなわち、今となれば、ガラパゴス統治、です。今も日本人がこの統治方式を受けていることの驚異的な不思議。

で、新井さんのこのブログを見て思ったのですが、中国人は、日本人とは違って、誰もが皇帝になれる、と思うことが出来るのであれば、なぜ、たとえば、「評議会」というような制度を立ち上げなかったのか、です。皇帝、ではなく。
 皇帝とは、権力と権威の一極集中です。 評議会は、権力の分散とはいかないまでも、多数による統治を可能にします。いうなれば、議会制度のモデルです。
歴史的には、この政治体制の違いが顕著に出てきたのが、ペルシア戦争でした。ヘロドトスの『歴史』の主題です。
 ペルシア軍とギリシア軍の戦い。 映画「スリー・ハンドレッド」もこの戦争の一部でした。(『歴史』の第7章)。
 シュタイナーによれば、この戦争にギリシアが勝ったことで、「西洋」がそこから始まった、と。
(抜粋おわり)



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この記事を書いた人

新井信介

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。