今日は地元の高校生に、信越自然郷(高社山)のもつ、世界人類史のなかでの意義を話しに行きます。

おはようさん。
この土日は、服部順治さんのここ2年間のツイートビデオを見ていました。
私は多くの友人にこのブログをとにかく見るように送りました。その結果、ほとんど返事がありません。ただNHKの友人からは「もっと信憑性のある情報をよこせ」と言われました。まあ、とにかく破壊力抜群です。送り先には、もと在籍した商社の重役や、官僚トップだった人の大親友もいますが。
相当多くの友人を失ったかもしれません。でも、いいです。今、NSAと連動したQが動いているのです。もう、虚構やファンタジーの上に立ったままでは、まともな未来を、この地球の三次元世界には、築けないからです。とくに、今、どんな時代かというと、アクエリアス、人類文明の整理の時代なのです。
そこでは、3000年前に、古代イスラエル成立、中国大陸で殷周革命、日本列島で「瑞穂の国」の誕生、
さらに、アリストテレスの弟子のアレキサンダーから始まった東西の大交流の結果、誕生したイエス。
そのイエス以来、2000年の地球人の文明にとって、人類の意識と行動で、「分離と統合」の二つ極になっていたのが、エルサレムと、ニホン(ヤマト)です。これを整理する段階になっているからです。

 私の住む長野県北部は、新潟と接しています。日本の戦後の歴史学会は、大陸との交流は半島南端から九州との接触からという説をなかなか抜け出せないままだった。しかも、神武天皇の存在を戦前通りに絶対に存在したと論じた人が多く、この二つの点で全てが狂ってきます。
また、古代史を語る時、邪馬台国論争に耳目を集中させたのには理由がありました。ひろく東アジア、さらに地球全体の人類の発生、そして、文明の伝播のなかで、日本の国家の誕生を、実証的科学的に捉えさせないための作為でもありました。
なかでも、昭和の時代は、戦後になっても(これは私の実体験ですが)、日本に向かう鑑真和上が何度も渡航に失敗したことを学校教育では大げさに強調し、東アジアの渡海の困難さをずっと刷り込んだのです。鑑真の渡海と遣唐使の往来との違いは、前者が密航船だったことです。しかも、その当時の有能な海洋族が武則天の「周」の時代にほとんど列島に入り込んでしまい、大陸側にまともな航海士が民間にいなかったことが原因ですが、これらを全く教えていなかったのです。
 3000年前に水稲稲作の長江河口域から佐賀県に入って、列島に瑞穂の国が誕生した時から、東アジアは大陸と列島との間で、交流は進んでいました。
そのとき、いつ、「部族を統合する意思」が日本列島に入り込んだのか?ここが最も肝心です。海彦・山彦が出会ったときは、お互いを認め合い、産物を交換します(原始交易)。通婚することはあっても、相手を征服するとか、共通のルールを作るとかいう考えは生まれません。
 商業的利益という発想は、穀物の大量生産を踏まえた「富」という概念が人間社会に定着した後です。これは、西洋では、バビロンの捕囚から解放されたユダヤ人(南ユダの人間)が、バビロンとエルサレムに分かれて住みながらも、アケメネス朝ペルシャの統一事業を積極的に応援し、貴族化して行った過程で生まれたものです。以後、ペルシャ皇帝の后にはユダヤ人が嫁ぎ(例;エステル妃)、この習慣は、ササン朝ペルシャの時代になっても続いていました。
 アケメネス朝時代から、血統ユダヤは、東にある、巨大な人口扶養力をもつ中国大陸にも入ります。
さらに、その先にあったのが日本列島です。
巨大な農業生産は巨大王権を産み、そこでは文字も科学も発達しますが、王権の支配権をめぐって戦争が絶えません。そのとき、中国の周辺では、新疆の西のパミール高原・天山からの北回りルート(北方のステップ、騎馬)で、今の北朝鮮と中国の国境の山、白頭山が目指されました。
天山からの南回りルートは、フェルガナ・バクトリアを出てインダス川を下って、マラッカ半島・インドシナを海岸沿いに渡って、ベトナム・広州・寧波と進んで来たでしょう。
 このとき重要なのは、大陸が戦乱で乱れていれば、皆、台湾・沖縄、そして九州に立ち寄ったということです。(九州には縄文時代に上野原遺跡があったことはよく知られ、そこが7200年前の鹿児島南部の喜界カルデアの大爆発で滅亡し、その住民が東や北に拡散したことも確かでしょう。)
秦の始皇帝が大陸を統一してからも戦乱は続きますが、なにせ、穀物生産力がつよいのが中国大陸で、それを引き継いだ前漢の時代には、文字も商業も科学技術も発達します。
 このとき、今の中国東北部(満州)の位置は中華の王権(皇帝)に対し対抗できる、唯一の軍事勢力を形成する地政学的位置を持ち続けました。その理由はその西側のステップルートで、ペルシャ・ローマ方面から多くの技術を持つ職能民や信仰体系がここに来るだけでなく、大陸内部の勢力争い(易姓革命)で敗れたものなどが入り込んで、中華の皇帝権に対する、反抗の拠点にもなったからです。そのときのシンボルが白頭山でした。
しかも、このとき(秦帝国の崩壊後)、朝鮮半島(代表、平壌・京城)には大陸の政治力が及んで複雑な政治状況になりますが、半島の北部には、今の豆満江の河口からダイレクトに日本海を渡るルートがありました。その先には,隠岐、能登、そして、佐渡があり、そこから日本列島の内部に入ります。
当時の日本列島は水稲稲作が九州で定着し、徐々に瀬戸内海に広がり、さらに、秦の圧力を受けた楚から解放された呉越の民が、列島にも入り込みだしました。瀬戸内海に「呉」の地名。さらに、日本海側で若狭湾の東が「越」と呼ばれたのは、それぞれ、この大陸のこの地方が人間が入った事実を示します。
 イエスが死んだあと時代、すなわち、紀元後の後漢時代、列島に入り込んだ大陸の騎馬系部族にとって、列島内で、どこが自分の故郷を想起させる場所か?というと、それが、信濃川(実際は関川)を遡上して高社山を抜けた後の、今の善光寺平です。千曲川水系です(ここに柳沢遺跡や栗林遺跡があります)。ですから、このラインで、馬も、鍛造鉄も、北魏の仏教も入りました。

 このとき、シンボルになった山が「高社山」です。これを「コーシャ・さん」と呼びます。「コシ」とは古代朝鮮語で聖なる山というのが高橋良典説でしたが、実は、その起源はもっと西にありました。ユダヤ教の信仰生活の規範を「コーシャ」と言います。これは、イスラムの「ハラル」に相当します。
バビロンの捕囚から解放されたユダヤ人たちは、一つは、エルサレム神殿の再建、一つは、アケメネス朝の統一国家支援、そしてもう一つは、自分たちが考える「理想の国家つくり」に散らばっています。そのための先遣隊のような役割だったのが、ハランの捕囚からBC607に解放された北10支族の各部族です。彼らの足跡を探しまわっていたのが、南2支族の中のベニヤミンの人間です。
しかし、こうした古代イスラエルの建国・分断・捕囚・解放・新規の国造り、のときに、日本列島では、ずっと無文字のまま、大陸の文明の成果を、見事に取捨選択して取り込んでいきました。有用な実学=科学技術の成果は進んで取り込み、変な「概念」を全て拒否していたのです。
 直感と実用。それは、カタカムナ文献を解明した宇野女史の研究成果である「直感科学」に描出される世界に近かったと思います。
 今、世界人類は、ITがさらに進んで、AIが登場し、しかも、5Gの通信技術が実現する段階になりました。すでに、マイクロチップの埋め込みまで一部では始まっています。これによって、人間の行動を監督・管理するどころか、電磁波の高精密利用で、個々の生命体の意識の世界まで操作が可能な世界が、もう、すぐそこにまで来ています。これは、5Gを駆使した場合、人間の意識操作どころか、直感を感得する脳内の機能にまで、外部から架空のものを「実感」として捉えさせることも可能になります。これでは、心を乗っ取られたと同じことになります。

真実の心を失う。あるいは、他者に乗っ取られるなんて、あっては成りません。心こそ、私たちの最大の資産であり、尊厳、そのものなのです。

 私は、自然がまだまだ残り、しかも、歌と響きで、1万年以上続く縄文からの列島民と、大陸から流れてきた人間とが見事に融合しあって、イノチに合わないものを排除しながら、人間として、さらに大きな、鮮やかなイノチの喜びの輪を生み出すきっかけになった、この高社山という山を、誇りに思っています。
 これを、どう、高校生に話すか? 今日が第一回です。自分自身にとっても、楽しみです。

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この記事を書いた人

新井信介

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。