こんにちは。
昨年の九州北部といい、今年の広島・岡山といい、集中豪雨の果てに崩れたのは、戦後に植林された山でした。自然林・雑木林と違って単一種の樹木を揃えて植えると、根の張り具合が、同じ深さ、同じ形態になり、表土を守る力は強くありません。まして、多種多様な森の動植物の生きる場を奪ってしまいます。
日本の山野は半分が人工林で、戦後、戦地から帰還した元兵士たちが国家事業として植えたものが多い。それは、大都市での住宅建築で木材需要増大を見込み、ヒノキや杉が主流でした。しかし、戦後、高度成長の中で日本は工業製品の輸出を増やし、それによって為替が動き、海外からの輸入材が急増した。この結果、植林はすれども、手入れの行き届かない地域が増え、収入も増えず、伐採切り出しもままならないないという事態が各全国で広がってしまった。
さらに、沢地やくぼみなどには、産廃を捨てる業者も後を絶たなかった。
マネーを追うあまり、自然を壊し、しかも、当てが外れて、放棄する。
こんなことばかりの繰り返し。
まあ、21世紀に入って、自然林を復活させようと、落葉樹の植林を進める動きも出ていますが(例、海老蔵の森)。
山、そして、森は、本来、神々(おかげ様)が棲むところでした。多くの実り、なにより、石清水。その影たちと交流していたのが、本来の「神ながら」です。 そこが、神道の基礎で、自然と一体であった。それは、産土の神道でした。
しかし、明治になって、アラヒトカミを中心に、全ての神道を、「官幣」しだすと、とんでもないものになってしまった。南方熊楠が大反対した、神社合祀。日清日ロの大戦争を経て、国家権力者が進める戦争邁進の装置になった。そして、戦争に負け、天皇が人間宣言すると、今度は、国策事業として原発を位置づけ、鎮守の森をさらに壊してきたのです。
1995年には、1月に阪神大震災の後、3月にオウムの地下鉄サリン事件がありました。
あの事件について、日本中のすべての宗教団体(特に仏教系)は、完全に沈黙したままでした。
麻原は1990年の総選挙に敗れたとき、不正選挙を言い、明確に、反政府、反国家を宣言し、何とそのために、武装も可能になるほど、資金を集めていたのです。その資金は、麻薬販売らしく、それを、当時の国家権力は、見逃していたのです。
どうして、それが可能だったのか、その証言は何も得られないまま、処刑されました。
今回の西日本の集中豪雨は、奇しくも、そのオウムの幹部7名処刑の決定のときに始まりました。 祟りなのでしょうか?
私は、これまでの文明の姿が、嫌いです。特に、都市化された便利な生活(電子化)は、実は怖くて仕方がありません。
今回のような何十年ぶりという集中豪雨は、今後も、地球上で、どこでも起こりうることです。これに、火山や地震があるのです。
常に、天地の間で、どう生き抜くか、天地自然の理に従って、そのための備えを、心がけていたい。
縄文時代は、例えば糸魚川の姫川沿いの長者ヶ原遺跡は、姫川の流れよりも、約100M高い高台の上にあり、そこで約5千年、続きました。また、火焔型土器で有名な、新潟県十日町の笹山遺跡は、4000年前に突如として消えてしまった。これは信濃川の河岸段丘の上部に、天然のせき止め湖ができ、それが一気に決壊したためと、現地学芸員から聞きました。
家族と仲間をどう守るか?
見えない力、おかげ様を、感じて、生きるしかない。
PS: 別件です。
幕末明治に、それまでの日本の精神風土と離れて、京都の御所で、道教の「太一」と繋がって祈る存在だった天皇はんを、伊藤博文たちは、武家の棟梁として登場させ、維新政府のシンボルにした。このとき、天皇の存在そのものを、アラヒトカミとする「国体」が始まった。この大胆な発想はどこから来たのか?どうも、それを作らせた裏には、バチカンのなかでも、イエズス会がいたようです。ザビエルのリベンジですね。
バチカンは、499年に、法王ゲラシウス一世が自分自身を「三位一体」のイエス・キリストの代理人とし、それ以来、1500年に渡ってずっと、人間社会の道徳律を裏で好き勝手に破って「ペドフェリア」を進めていたのです。で、21世紀の今、法王フランシスコはそれを改める目的で登場したのですが、不正蓄財をしていた前任者のラツィンガー(ベネデイクト16世)をいまだにかばっているらしく、バチカン解体のうわさがあります。
これに対し、バチカンが変わりだしたかもしれない、と感じさせる知らせがありました。昨日、あるところから、宗教の融和を目的に、バチカンからお金が流れ出した、と聞きました。
これまでの地球の権力者たちに変化が始まったのでしょうか? そのとき、日本はどうなるのでしょう? 今、観察中です。
まあ、原発なんて、全てのイノチを痛めるばかりで、とんでもないけど、今の日本の政府(司法も含め)と経済界は、いまだに、それを推進中です。
これに対し、天の意思は、どう示されるか、ですね。
だから、ますます、備えましょう。
自然林が残る田舎の集落に、セカンドハウスを確保した方がいい。ご近所とも仲良しになって。
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この記事を書いた人
新井信介
1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。