利益の最大化か、幸福の最大化か。発展性と永続性はどちらにある?想像と創造のできる人類を創り出した大元の神(宇宙摂理・太一)は、どちらを望んでいる?

昨日のyoutubeのぬなとチャンネルは、ここを言いたかった。

人類として、この地球に生まれた、自分自身の幸福の最大化。

このとき、自分は、どんな状態なのか?

自分の周囲は、すべて、自分に奉仕するもの、特に、餌なのか?犠牲なのか?

それで、はたして、自分は幸福なのか?

人類社会は、バチカンのキリスト教支配1000年の後、宗教改革を経て、

初めて、「民主」の考えを獲得しました。

これは、バチカンの説く「三位一体」の「イエス・キリスト」とは何か? と

その正体を真剣に解き明かそうとするところから始まって、この世の仕組み、

とくに、客観的な科学技術の発見・発明をしていく中で、

自分自身は、どんな存在なのか? 人間社会にとって、何なのか?を問いつづけ、

自分は、彼らの「奴隷ではない」、「家畜ではない」、「道具ではない」

他の動物と違って、自分の心の中に、想像と創造ができる「神」がいるとして、

人間社会の中で、その主体としての自覚(自我)が生まれ、醸成されていったのです。

しかし、日本列島ではどうだったでしょうか?

イグナティウス・ロヨラとフランシスコ・ザビエルは、プロテスタントに対抗し、イエズス会を結成し、バチカンの説く、神(列島では、「イエス」ではなく、「デウス」と呼称された)が、実際に、実態をもって、この世に存在することを説きながら、その信者がいる世界を広げた。

それが、神の使命、MISSION だと。

生きている生身の人間に、その「教え」を信じる人間は神に祝福され、その人間だけは、経済的な豊かさという幸運に導かれる、とした。

ここには、強烈で、明確な差別意識がある。 普遍的に、神の恩寵が分け与えられるという意識とは対極をなすものだ。

これまでも、1000年にわたり、異教徒(ぺイガン)の認定とそれに対する火あぶり。「原罪」の教えと「免罪符」という、脅しによる「カツアゲ」。

さらに、結婚での「初夜権」。これは、男女の自由な恋愛と、その成就を認めず、「初夜」の行為を、イエスの名のもとに管理監督するものでした。

これが、バチカンのキリスト教世界だったが、今回は、そこに、経済的な「利益」が加わった。

それに対し、江戸時代の庶民は、生命賛歌の道祖神に、秋祭りの「無礼講」。

個々の人間の運命を見ては、どんな「因果」か、何の「星の下」に生まれてきたのか?と、縁があった命を、自分のイノチの延長として受け入れ、育てました。

それが、明治になって、伊藤博文たちが帰国してからは、天皇なる存在に、すべての行政上の権限が集中する中で、国風や国柄が、完全に、一変しました。

統治の網である国家自体が、その運営者のために利益を求め、それに、すべての列島民が、序列を持って動員され、ここで強調されたのが、「滅私奉公」でした。

その実態は、序列上位になった一部の人間が、利権を設定し、その旨味を独占することでした。

イエズス会は、宗教改革以後に生まれた科学の成果や民主の考え方を、一部の人間たちが自分たちの独善性の意識の中で、「神の恩寵」として、アジアの為政者に教えました。

その結果、

平安時代から、アマテラスをかたりながら、列島全土で進められた、人民「慰撫」という飼いならしの具体的方法である、「1000年の飴ジャブリ」と「1000年の泣き踊り」は、

明治になって、「文明開化」という国家の資本主義化の中で、利益を目指す国家の御用の阿中で、さらに強い強制力で強化され、それを受容する列島民は、本来の自我を育てることなく、逆に、お上崇拝や依存が始まったのです。

明治の初期、自らを、序列の上位者だと自負し、いち早く、飼いならす側にたった、とするバカ騒ぎが、

「鹿鳴館」でした。

その彼らの国家暴力の元に、近代国家のはずなのに、列島民全員が、

「長いものに巻かれろ」状態になった。それは、戦後になっても変わらなかった。

日本の近代化は、自我の成長という意味で、闇の部分はあまりに深い。

「末は博士か大臣か」の結末が、列島民の思慮判断を完全に壊すに至った、今です。

自然の摂理と真実よりも、自らの金儲けを優先するグローバリスト・DSに、

この列島の人間は、地位や年収が高いものほど、逆らえないのでしょうか?

今、大変な、清算の時期になっています。

結論をいいます。

「お上を信じるな。彼らは、構造的に、いつも、奴隷や犠牲を求めている」

「自分自身の意識が、完全に開かれた統治者側に、きちんと立たない限り、

新しい世界は、日本語を話す、この列島で始まらない」

「自分を縛っている、その構造を知ろうとしないものは、いつだって、その縛りの中にいる」

「カゴメ歌は、そこから出ることを、求めている。鶴(朱雀)と亀(玄武)が滑って、後ろを向くと何がある? おおいぬ座のシリウス。 そこと繋がると、自分に何が起きる?」

「利益は、人間社会の権力構造の中で、生み出される。

では、幸福は、どこにある? その幸福の最大化とは何か?

得た利益で買える幸福とは、どんな幸福なのか?そのとき、そうする時点で、捨てきってしまった幸福が、あまりに多いのではないか?」

「今、そこに、人間として、あるだけで、すでに、多くの幸福を得ているのではないか?」

想像と創造、自律と自立。

心(精神・意識)と 身体(肉体機能)と、それに響きあう空間(オーラフイールド)

この三つに、誰かの作為で作り出した、異物を、入れるな。

自分を守れ。本来の周波数で生きよう。

純粋に宇宙根源「太一」につながり、シリウスから情報を得、それを、静かに体現しよう。

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この記事を書いた人

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。