もうすぐローマ法王フランシスコが来日。これをきっかけに列島の「統治体」が激変するんじゃないか。もう戦争屋イスラエルもない。彼らは「タルムード」のゴイム思想を都合よく利用した悪だったけど列島にもいたよね。

<「統治」に関して、続きです>。

頭の中に地球儀をまるまる入れながら、人の心に希望を与える「理想」の始まり、と、人を縛る「統治」に関して、自分なりに、おさらい。
まず、世界史全体見れば、謀略はつきものでした。

日本も、幕末の14代将軍家茂の殺害、孝明天皇の殺害、明治の伊藤博文の暗殺、昭和の張作霖の殺害、と続いていました。戦後も、いろいろ。
世界史を見れば、国家権力と、その国民だましの謀略という点で言えば、実は、キリスト教の成立と其の教義がもっとも強い影響力を、人類社会にもたらしました。
 今後の日本列島の国家権力の行方に、もしかしたら関係するかもしれないのが、今月25日東京ドームで行われるローマ法王フランシスコのミサです。ここで、えん罪の死刑囚、袴田さんが招かれるとの噂があります。

そもそも、バチカンの成立はいつで、どんな形で生まれたか?
AD325年に「三位一体」の「イエス・キリスト」という概念上の定義(ニケーア信条)が決定したのち、405年にその教本である『ウルガタ』(一般、普及の意味)ができました。ヘブライ語の旧約とギリシャ語の新約を、ベツレヘムの洞窟の中で20年かけて、ヒエロニムスが全てをラテン語に翻訳して、一気に、天地創造からイエスの昇天までの物語にして纏めました。
その後、イエスを生んだ母マリアにも神性を認める決定(431年エフェソス会議)の後、地中海世界ではこの教えを教えるための総主教座が5つできたのですが、その中で、最も西にあるローマの総主教だったゲラシウスが、495年に「自分こそがイエス・キリストの唯一の代理人」と言い出してから、現在のバチカンが始まりました。
 一方、イエスの母は神じゃない、心優しい「普通の人間の母だ」というネストリウスの教えの方は451年以後、東のペルシャ方面に急速に広がり、中国語では景教と呼ばれました。
「三位一体」の神と同体になったとローマ法王の教え(言動や解釈)は、西ローマ帝国がゲルマン人の侵入で滅亡した後の6世紀以後、バチカンの領域拡大のみならず、各地の封建領主が王権を言い出すときの、謀略や暴力による実効支配での口実にどんどん使われ、強引な税の取り立てや免罪符の販売で信者を増やし固めていくうちに(この期間がなんと1000年)、祭祀権という形で、各地に成立した国王に対する正当性を諮る権威にまで成長していきました。

権力、すなわち支配力とは何か?
一つは「暴力」。次に、人々に決まりを信じ込ませる「騙し(権威の言葉)」、そして、服従したものに与える「飴玉」(利権)の設定。これらをさらに法律で固めると確立します。
国家を維持し、人を支配するには、これをするしかない、するのは当然だ、と考えている人間が、21世紀の今でもいるのでしょう。

日本の記紀神話を見てみます。皇祖神アマテラスが誕生する場面です。
妻イザナミの変わり果てた姿を見て逃げだしたイザナギは、追ってくるイザナミに対し、桃の実を三つ投げて撃退し、黄泉比良坂を越えて戻ったあと禊をした。
そのとき、左目から現れたのが、アマテラス。右目からがツキヨミ。鼻からがスサノオ。この3神はそれぞれ、日神、月神、武神とされます。この三神の構成は実は農業が始まった6000年前のシュメール時代からです。当時、最後の武の神は「マルドク」と呼ばれ、人間世界に虚偽不正が溢れ、戦いで乱れ切った時、最後は天意を受けた或る人間個人に、この神が顕現するとされます。これは時々の人間世界では、完全に超越者です。
 イザナギ・イザナミが登場する日本神話は、その成立は古事記で712年ですが、ここには、遠く、ダビデからの古代イスラエルを生み出したシュメール・ヘブライの知性が持ち込まれています。シュメールが4000年前の最後の大洪水で滅亡するとき、ウルにいて生き残った一人がアブラハムで、彼はハランの地で、月を見ていて覚醒し、以後、その子孫たちは、ヘブライ人と呼ばれました。
以後、ここと、日本列島がどうかかわるか、ざっと見ていきましょう。

出エジプトでカナンの地にたどり着いたヘブライ人は、3000年前にベニアミンのサウル王の下で古代イスラエルを成立させた。しかし、ヒッタイトの流れをくむペリシテ人ゴリアテが襲い、国家消滅の危機を救ったのが、羊飼いの少年ダビデ。ユダ族でした。
このユダ族のダビデが様々の妨害に会いながらも大王になった。その息子がソロモンでエチオピアにまで勢力圏を広めた。ソロモン時代は大繁栄しますが、その死後のBC922に古代イスラエルは、YHWHに対する認識・扱いの違いで、南北に分裂。そこに、周辺の王国が襲います
BC722にまず、北イスラエルの10支族がアッシリアのハランに捕囚された。そのアッシリアは、カルディア人の新バビロニアに滅ぼされ、10支族は歴史の記録から消えた。新バビロニアはYHWHを絶対とする2支族からなる南ユダを攻め、ここでネブカドネザルによる「バビロンの捕囚」が始まります。
その新バビロニアをBC538年に破ったのが、イラン人のキュロス2世で、バビロンの捕囚を解放し、ユダヤ人たち(「血統」のユダ族。後に聖書の成立後は「信仰」上で全てのユダヤ教徒)から、「メシア…ヘブライ語で救世主」と呼ばれた。
キュロスはアケメネス朝ペルシャを成立させた。キュロスによって解放されたユダヤ人たち(ユダ族以外のヘブライ人も参画)は、アケメネス朝の都バビロンの建設に従事し、さらにエルサレムとの間に交易路と情報網「王の目」「王の耳」を整備した。それによってそれまで農業民だったユダヤ人が物事の価格差をとらえる商業と、「情報」を「富」にかえる手法を作りだした。そして、ヘブライ人ユダ族の王族たちはアケメネス朝では、王妃を出す名門貴族の地位を確立した。

そのペルシャを破ったのが、武の神「マルドク」の化身とみなされたアレキサンダーです。バビロンにアレクサンダーを迎えいれるとき、ペルシャのユダヤ人貴族は赤絨毯を敷いて「あなたこそマルドクの化身だ」と敬います。これは、バビロンの都の破壊を防ぎながら、新しい支配者が登場しても自分たち貴族は、より強い支配者を戴きながらも、自らのその地位を保全する知恵でした。
日本史の中で、これと似た場面が思いつきませんか? 特に、昭和天皇がマッカーサーを迎えいるとき、どうだったでしょう?

バビロンの赤絨毯を踏んで「マルドクの化身」として扱われたアレキサンダーは、ダリウス3世を裏切って殺したバクトリア総督(サトラップ)のベッソスを追って東に向かいます。このとき何人ものユダヤ人の武人も従います。そしてダリウスの敵を討ったとして、完全にペルシャ人の信頼を勝ち取り、そのままソグドに攻め入った。そのあと、シル川を遡り、天山山脈を越えて中国大陸に入ろうとしたが、ここで後方で反乱があり、現在のキルギスのナイリンの手前で引き返し、今度はバクトリアから北インドに入った。このあとは皆さん、ご存知の通り。
ゴータマ(釈迦牟尼)の孫弟子と思われる僧と出会ったアレキサンダーは自分の戦いだらけの半生を悔悟し、覚醒する。その地が「ガンダーラ GANDHARA … ギリシャ人の悟り」の地名となった。さらに、このときの精神状態をギリシャ人技師たちは彫刻で描こうとしだした。ここで、仏像が始まった。
アレクサンダーはこのあとスーサで部下たちに国際結婚させ、最期は赤絨毯の地バビロンで息を引き取った。バビロンでは、アレクサンダーの数奇な運命をユダヤ教やゾロアスター教の聖者たちはさまざまに解釈し、天と人間世界の関係をいう、ヘブライズムの知識をより深める一方、民族融合の世界観ヘレニズムが急速にイランから東西に広がった。
しかも、アレクサンダーが引き返したナイリンでは、ペルシャから従軍したユダ族の武将がそのままキリギスのイシククルに出て、さらに東の中国方面から流れるイリ川を見つけて遡上し、そこから河西回廊を東に進んで、甘粛の天水にまで到達した。
そこにいた先住のユダ族人間を国王にまで引き上げた。これが司馬錯で、王になったのは秦のエイシ(恵文王)。その子孫が後に始皇帝になる。
彼らは北インドでの悔悟をまだ経験する前の、イケイケドンドンの世界主義であったアレキサンダーの意志を中国大陸で体現しようとした。
一方、バビロンで「アレキサンダーの悔悟」を聞かされたバビロン貴族たちは、その末期の床で、大王本人から何を知らされたか。大王は何を見ようとし、何を実現しようとしていたのか?
本当に個々の部族が融和して平和に暮らす国。嘘偽りのない国は、どこにあるか?
これが、私が「ヘブライ第一接触」と呼ぶ、日本列島とシュメール・ヘブライが出会う「切っ掛け」です。
 ペルシャのバビロンには、ヘレニズムが最も盛んなパルティア(中国語で安息国)のときも、アルダシールから始まるサーサーン朝ペルシャの時代でも、より純粋で、精緻に、「神の意志」と「人間世界の統治」の関係を探ろうとする、純粋血統の、ユダ族ヒレル家の人間が残った。
ペルシャのペーローズがネストリウス派キリスト教(景教)を、帝国内でのキリスト教で、最優先の教えと決めたとき(484)、バクトリアからキルギスにかけてエフタル(白いフン族)がすでに支配を確立しており、北魏との関係を固め、高句麗経由で日本列島への交易ルートも持っていた。
エフタルはペーローズの長男のカワードを人質にとり、多くの銀貨を送らせていたが、自らが銀貨の鋳造方法をユダヤ人の商人から盗み出すと、このカワードを国王に押し建てて、ペルシャを支配下にした。しかしこれに対し、ゾロアスター教貴族たちがカワードを幽閉し、その弟のジャーマースプを王位につけた(497年)。
ジャーマースプはインドのカニシカ王に倣って全ての宗教の共存を認め、自らはネウトリウス派(景教)を信仰し、首都のクテシフォンに総主教座を建てさせた。彼の宗教政策のときに、多くの宗教(神の概念、人間世界の運命など)が語られるなかで、バビロンで編纂されたのがユダヤ教の『タルムード』だった。ここの中に、生活上の知識の多くの知恵や教訓が納められたが、その中の一つとして、異教徒を家畜とみなし、騙してもいいとする「ゴイム思想」が語られた。ヘブライ語で文字化された一文だったが、「ゴイム思想」ほど人間の統治に便利なものはなかったので、ここから、異民族でも進んでユダヤ教徒になるものが現れ出した。そして新規にユダヤ教徒になったものは、進んでヘブライ12支族と関係する人間、なかでも、ユダ族やベニヤミン族の女性をもとめた。
このゴイム思想は、部族の融和共存を目指すヘレニズム思想の裏側で、支配者による、残酷で詐欺的な統治を、容認・加速・巧妙化させる悪魔の教えに発展していった。
特に、史上最古の共産主義思想と言われる、私有財産否定のマズダグ教を経験していたエフタルの人間は、偽銀貨作りに加え、ゴイム思想に魅力を感じたものが多かった。彼らは、幽閉されたカワードを助け出し再度ペルシャを乗っ取った。ジャーマースプは兄に殺されることなく、アルメニアに幽閉され、ここで歴史記録から消えた。
カワードは二度目の即位後もエフタルの言いなりで、そうした自分を悔い、その撲滅を息子のホスローに遺言して他界する。
ホスローは天山の東にできた製鉄騎馬部族の突厥(初代はイリ可汗552年。弟が西面可汗になったシルジブロス)と組んで、エフタルを挟み撃ちにして滅亡させることを考える。追い込まれたエフタルの最期の拠点になったのは名馬の産地フェルガナ盆地。
フェルガナの北は天山の山々が峰を連なり、その先にある湖イシククルには東西の多くの人間が行きかった。全てのイノチが溶けあう休息の地であり、人間世界をユーラシア全土見渡す視野で確認しながら、天の意志の意味を感じ取ることのできる場所だった。
この湖に映る満天の星をみながら、はるかシュメール時代から言い伝えられた叡智を思い起こし、より深く正確に、現実の人間世界の運命の関係を熟慮し、今生で、どう生きるべきかを考えるようになる。
その時代、西にはゾロアスターのペルシャ、さらにその先にキリスト教のビザンチン。
東には始皇帝以来の巨大な人口と農業生産力を抱える中華の大帝国。北の北魏は分裂し、南には梁。海の先には日本列島。訪れる商人の中には、ゴイム思想に取り込まれていた人間もいたが、それを天はなぜ許すのか、彼らの運命と、その意味を考えた。
すべてを見つめ、どう生きるか、幼少時代からこの地に連れてこられ、多くの異民族の人間と交わりながら考え続けた人間がいたのではないか?その、世界性を探り続けた知性は、何に憧れ、どこで、何を実現しようとしたのだろうか? 

ちなみにバビロンにいたユダ族ヒレル家の人間が、最期にその地を離れることになったのは、636年、ムハンマド死後のムスリムと、サーサーン朝ペルシャが干戈を交えるカディーシアの戦いの前だった。642年のニハーヴァンドの戦いのときには彼らはもうペルシャ領内にはいなかった。彼らは、どこに向かったのだ?

日本列島で成立していた王権で、初めての元号「大化」がつけられたのは645年。そのときできたのが列島で初めて「名神」を掲げる王権だったが、ここでは「國の博士」として、曹操の末裔で、応神時代に列島に入った人間(高向玄理と僧旻)が任命された。この二人が今に続く、日本列島での国家観と国家統治のありかた、すなわち、「国体」の基を築いた。そのとき、どんな知恵が込られていたのか?
そうした統治を日本列島だけのものとしてまとめ上げたのが、鎌足の息子の不比等だった。それが、自らをアメノコヤネと呼んだ理由。そのコヤネとは、列島を「籠」で覆うものだった。

今、バチカンの最期の法王となるフランシスコが、令和の即位礼が終わったこの列島に来て、その「籠」に掛けられた施錠を解くのではないか。そうなれば、中にいる「カゴメの鳥」が解き放たれるはずだが、あくまでも、餌がもらえる立場がいいと考える人間は、「籠」が無くなることは、恐怖でしかないのでしょう。
いい例が、高待遇を得ている官僚・役人、国家予算がつけられた利権と公共事業・補助金の受け手、生活保護受給者たち?
 
話を戻して。
いま、IT革命の後、どんな情報も地球規模で急速にグローバル化している。自動翻訳機とコンピュータ言語は、概念空想の世界を広げながらも、リアリティーの世界での真実(トゥルース、ファクト)をどんどんえぐりだしていきます。そこに、いまだに、国家権力が存在します。これは既得権に拘る人間がその存続を望むからです。私たちの汗の成果を国家単位に一か所に集めて、再分配することを、良しとする制度。その暴力を認める制度です。その制度の出発での前提は、支配下の人間にとって、平穏を壊し、富を奪いに来る外敵がいるので、それから守るというものでした。
この仕組みが、現在、各地で国家とその既得権を構成しているが、地球全体で情報を共有させて、富を奪うことを禁止・自制させ、富を生みだす知恵を共有・進化させる合意を達成すれば、地球にはどんな人間社会が広がるか?

「外敵」を消していって、実際の「富」の生産者を認め合い、略奪やだまし取りをさせない「仕組み」作りができないだろうか? 今、人類の叡智たちは、急速にこの方向に向かっている。
では、「富」はどうやって生まれるのか?
自然界の「豊かさ」は、どのような知的加工を加えたら、地上の万人、さらに、万物にとっての「富」に変わるのか?
日本の財界・官僚・アカデミズムに、「311」以後、この視点は果たしてあったのだろうか?
国家権力を使った「隠蔽」と「既得権維持」のみが、全ての判断の先に立って、何も思い至らなかったのではないか? そして、「嘘つき」と「言い訳」だけなら、地球全体で見ても、生まれながらの大天才が、日本や愛国を語る人間たちに支持されて、しかも、権力だけはゴイム思想で上手に使いこなす。
さあ、いよいよ、その本質が丸見えで、むき出しになったぞ。

クライマックス。
でも列島民には希望が見えない「暗い幕す」。
海外からはマネーを「喰らい巻くす」が、今なんですね。

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この記事を書いた人

新井信介

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。