第一回遣唐使(630)の頃、天空が示す人類の運命を読み取った預言書「推背図」。倭国が正式に日本国になったのはこの書が予告した通り武照(則天武后)が690年皇帝になって12年。鵜野讃良(持統)が死去した直後です。

こんにちは。

自民の総裁選挙。

何でも、安倍さんから支持を受けることになった高市早苗さんが、ネットでは圧倒的な人気だと。いわく、アマテラスの化身だとか、ヒミコの再来だとか。彼女は生粋の奈良県人で、畝高校出身で、神戸大学から松下政経塾。最初はリベラル姿勢だったが奈良を地盤とする自民党保守派の文教族長老・奥野誠亮の地盤を引き継ぐことでバキバキの皇国史観に自ら浸りこみました。

彼女たちは、日本国家がいつどのようにしてできたのか?地球人類史、世界史、東アジア史の中で、冷静に実証的に思考することがことができません。というより、それをしだした途端、自我崩壊になっていくのでしょう。あくまでも日本人とは、神武天皇の血を、どこかの段階で引いている「天皇の赤子」だというのです。

しかし、これは、720年不比等によってつくられた列島民を統治するために創作された「国家起源ファンタジー」であり、世界中の中で、列島だけを特別空間にする強固なピラミッド型の国家意識を作り上げた結果出たのです。当初は天皇であれ、太政官や将軍であれ(平安~江戸初期)、大陸中華の枠組みの中で、東夷である列島の支配者との自覚があったのですが、それが変わりだすきっかけは、清朝の第4代康熙帝が、大陸内に残存していた明朝勢力を完全に駆逐したことでした。明の皇帝に冊封されているが日本国。これは足利義満がいち早く使者を出して確認した意識でした。しかし、もう、その明が完全に消えてしまった。清はモンゴルのフビライの元と同じく、「易姓革命」を実現したのですが、これを認めず、ここで、「自分たち日本国こそが中華だ」という、逆転した華夷意識が生まれます。

それをさらに固めたのが水戸光圀の時で、赤穂に送られた山鹿素行による「中朝事実」の完成でした。光圀は最初は、林羅山のいう「神武天皇は呉の太白の末裔」という説を信じて、その中で、列島は神武天皇以来の「万世一系」の「神の国」としていました。それが明が滅んだ。この事実を、女真族(満州族)による易姓革命で生まれた正規の中華としては認めず、その事態に、本物の「中華の国」は、始皇帝の血筋のもの(秦河勝など)がいる日本が本筋だと対抗し、18世紀の末からの西欧との接触のなかで、攘夷論が生まれ、西欧に対抗しながらも、この列島(大八州)から世界中(地球の人類世界)の経綸を出すのが天命だという、大変な「熱狂」が始まったのです。

こうした動きに東アジアの動きに注目したのがイエズス会です。金を多量に産出し、支配者に対し特に従順な民がいる日本列島。出島に紅毛人とは、オランダ死を名乗るが多くは信長時代から続くにイエズス会士で、彼ら列島から金が大量に流出しだした1770年代には組織をいったん壊して姿を隠した後、アメリカ独立・フランス革命のあと、ナポレオン戦争を終結させた1815年ウィーン会議に、ひそかに復活しました。このとき、ロスチャイルドの金融支配が強まったイングランド銀行を持つイギリスにと組みながら、永世中立国(王侯遺族悪商人たちの隠し金庫)になったスイスと「三位一体のイエス・キリスト」の代理人を自称し、世界観や時代認識の主導権をもつバチカンを結ぶことで、金融ワンワールドでのマネー支配体制を広めるという世界戦略を進め出したのです。

アジアではイギリスは1840年に清国にアヘン戦争を仕掛けるのですが、日本列島にもそれに呼応する勢力もいて、ひそかに、自分たちにとって都合の良い統治体にそっくり作り変える策謀を始めていました。

このとき、イギリスとバチカンの工作部隊は、明の亡命者や大陸に残る遺臣たちを反清で蜂起するように、キリスト教を広めるだけでなく、列島では維新後の明治政府を自らの手足にさせるべく、ここで、不比等が作り出した「万世一系」の皇国史観を利用しだします。大日本史の編纂を進めていた水戸はすぐに攘夷論の中心地になりますは、島津斉彬から海外情勢を聞いていた一ツ橋慶喜は、新政府の必要性を理解し、それは朝廷にまで届いていたのです。京都の公家(代表、近衛)には実際の権力を持たなかった幕藩体制から中央集権の新政府になれば府県で着るとささやいて、彼ら自尊心をくすぐりながら、列島の統治体ごと、まるまる自分たちの手中に入れる戦略をたてていたのです。

このなかで、8世紀に不比等が作り出した皇国ファンタジーは近代日本になっても、そのまま残った、というより、むしろ強化されていったのです。それが遣欧使節後の鹿鳴館騒ぎです。特に初代文部大臣の森有礼は大臣就任時、日本国の言語を英語に変えろといっていたほどですが、それがさらに進んで、イギリス人と混血し、列島民の血を入れ替えろとまで言いだしてしまったことで、ここで、「天皇の赤子」という前提を踏み終える事態になり、帝国議会発布の日に暗殺されることになったのです。

大陸での清に対する反発は、19世紀は「滅満興漢」と清朝を打倒するの動きとなり、太平天国の動乱を産み、中郷大陸を混乱・分裂、植民地化の道を始めたが、それが1900年の義和団事件のころには、あまりに外国勢力の侵略が激しいために、逆に「扶清滅洋」と、ときの清朝の最大実力者、西太后を支える動きになった。しかも、帝政になった明治日本がロシアに勝ったことを見て、清朝を根本から作り替える革命を目指す中國同盟会が孫文を中心に東京で誕生し、そこから辛亥革命になって中華民国が生まれた。当初は、この中華民国を支援した明治日本ですが、第一次大戦が勃発すると、日本は中華民国と同様連合国側で参戦し、山東省のドイツ権益(青島)を奪ったが、それはそのままに日本の権益になった。これは日清戦争、日露戦争に続いて、中国を侵略するという意味で、清国に対し最恵国待遇を持つイギリスの手先になって、大陸に進出する姿でした。これに猛抗議していたのが中華民国大総統の徐世昌でした。

このときの日本軍は、「天下は一つであるべし」といった孔子の故郷、山東省曲阜まで占領し、占領する先から桜の木を植え、日本国の天皇こそ、真の「中華の皇統」と言い出したのです。中華の正統性の理解では、始皇帝とは、孔子が指し示した統治形態の理想の実現者であったのですが、その直系子孫の血や志は、20世紀の今も近代日本にある、と考えたのでしょう。

中華民国は、孫文亡き後、土地の所有形態に対する考え方の違いによって、蒋介石・陳立夫(国民党)と毛沢東・周恩来(共産党)に分かれます。

一方、1910年に朝鮮を併合した日本は、満州を軍事占領するときにその手先として育てたのが、軍閥となった張作霖。

このとき、明治になって強化されてきた、日本人は神武天皇の血を引いているという皇国史観を、国家と国民のアイデンティティーと持ち出していたのです。

しかし、その皇国史観の起源は、一体、何だったのか?いつからだったのか?

これに対する根本的な疑念、真相を解明する糸口を見せるのが、中国版の預言書「推背図」です。この本は、唐末以来、大陸が動乱期になると知識人に密から求められ、清末民国にあっては海外にも広がった華人の間でも、自分たちの運命を知る書としてにはよく知られたのです。

一方、日本列島では、それまで古事記や日本書紀の内容は神代編の天皇の名前以外ほとんど知られることなかったが、そこに書かれた内容を誰もが大雑把に知るようになるのは、頼山陽が1828年に著した「日本楽府」がきっかけでした。江戸時代までの列島民にとっては、京都の「天皇はん」は将軍に権威を与えるだけの「お飾り」でした。それを、イギリスとその裏にいた金融資本家たちと組んだ朝廷の秘密部隊がいて、それを列島での絶対君主に作り替えたのです。

このことは、日本の歴史教育には全く触れられることなく、国家の枠組みを外国との関係でみる視点を完全に消していきました。

それが、今回、高市氏が、この2021年、DSが退治される時期に、国家の最高権力者を決める与党の総裁選の場で、堂々と皇国史観を言い出しました。彼女たちは、国家の起源を自分自身が信じているものが、国際的にも通用するものなのか、冷静に検証する契機になっていきます。世界中からの監視と審判を受けることになるのです。

日本列島で統治体が持った最初の元号は、645年「大化」ですが、このとき、「国の博士」となった高向玄理も僧旻も、608年倭国に来た隋の裴世清の帰国に同乗した仏教研修生で、彼らはいずれも曹操の子孫でした。

中華の華夷秩序の中で、東夷である列島の倭国を日本国として認めたのは、703年に、粟田真人が洛陽で武則天と会った時でした。そのときには、すでに持統はなく、このときの使者を見送った後、翌年、武則天は崩御しています。

その武則天の登場を予言した書物があります。

それが「推背図」です。これは、630年第一回遣唐使の時点から、実は現代までの運命を予言しているといいます。

もちろん、東海に浮かぶ日本列島のことも、視野に入っています。

60枚の図柄で示される未来予見。これまでも多くの解釈がりましたが、とりあえず、一番わかりやすいものを、以下に、挙げておきます。

【歴史の謎】唐太宗はなぜ則天武后を殺さなかったのか? | 伝統文化 | NTDTV Japan

これも見ておきましょう。

 

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この記事を書いた人

新井信介

新井信介

1957年長野県中野市生まれ。東京外国語大学(中国語専攻)から住友商事を経て独立。中国の改革開放に立ち会い、独立後は西欧世界にもネットワークを構築。地球史の視野で、国家・宗教・マネーの意味と構造を探り、個人の可能性(想像性・創造性)と、普遍的文化価値を探求している。そのために、『皆神塾』を主宰し、会員制の『瓊音(ヌナト)倶楽部』も立ち上げて、研鑽を深めています。